Knife*

□笑顔のその先 井×健
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朝にはもういない。
横を向いても、キッチンへ行っても
二人で入ったお風呂場に行っても、いないんだ。
太陽がやってきたらもういなくて僕はまた一人ぼっち。

僕の固いお腹も腕も全部「かわいい」って言って
優しく撫でてくれたのに、
もうすっかり何もなかったようになってる。

朝にテレビを付けたらいつもの賑やかキャラで
周りを和ませていた。僕らのことなんて
ここに座ってる人誰も知らないんだよなぁと思ったら
なんだか嬉しくて
シーツにくるまって足をバタバタさせてみる。

でも、隣にはもういないんだよね。
寂しいなぁ。たまには昼まで、いてくれてもいいのにな。
僕はしばらくボーっと井ノ原君のテレビを見ていた。
しばらくベッドの上でゴロゴロしていたら、
井ノ原君が大事な腕時計を置いて行ってるのに気付いた。

僕は慌てて立ち上がって
服を着てあの放送局の玄関で待つことにした。
急いでタクシーを拾って「急いでー!」なんて
運転手をせかして井ノ原君の元へ行く。

運転手がこっちをバックミラーで見てきたのが分かった。
『お客さん、イケメンさんですね。役者さんとかですか?』

「え?僕は自由職やってます。」

『・・・え?』

「えっと、踊ったりしてます。」

『ダンサーさんですかぁ。すごいですね。
確かに服の上からでも固そうな筋肉が分かります。
凄い大変なお仕事なんでしょうね。
鍛えていてもゴツゴツしてなくてきれいですね。』

「・・・まぁ。」

タクシーの運転手も、
あの夜の井ノ原君と同じようなこと言ってきた。
もしかして、井ノ原君だけじゃなくて
みんな僕のことそんな風に言ってくれるのかな。
井ノ原君だけだと思ったけど、井ノ原君が特別じゃなくて・・・

急に悲しくなって腕時計をじっと見た。
こんなことをしても井ノ原君はもしかして困るのかもしれない
と、少しだけ、いやとても行く気が失せていった。
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