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□独裁
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その後の記憶は非常に断片的だった。
記憶力は良い方なんだが、この時に限っては他人事だった、というか。
身体と意識が切り離されている様な、そんな感じだった。
じゅく、ぐちゅ、という粘着質な水音と、A弥の酷く高ぶった喘ぎが部屋に響き渡っている。特徴的で、厭らしくて、結構頭にも耳にも残る音だと思う。
自分自身の下で、今正に何が起こっているのかさえ不明瞭で。冷静な方の脳ではきちんと事態を分析し、物事の算段を立てている最中で、でも身体は一切動かせなくて。オレの身体は、身体自体が明らかな意志を持って動いている様にA弥の腰骨を削り、抉る様に強豪に打ち付けていて。けど、他人の性行為を見ている感覚で。
思わず、目を背けてしまいそうになった。
A弥とオレの顔の距離は僅かで、息遣いが生々しく直に伝わってくる。オレの首に腕を回し、ブレザーの後ろの襟首を力一杯握り締めてくる。紅潮した顔からは耐久の兆しが綴られ、限界もごく近くまで迫ってきている事が窺える。
……ははっ。
オレ、今A弥の事犯してるのか。
根暗で、他人と然程交友関係すら持とうとしない、“噂だけが友達です”みたいな毅然とした態度を取る、あのA弥を。
ふっ、見てみろよ。今の自分の顔。
すんげぇイきそうな顔してる。それに、さっきから凄い厭らしい声出してる。オレに突っ込まれて、気持ち良がって、欲しがって。
…これじゃあ、まるで
「淫乱…。この、淫乱A弥が…っ」
「はっ、ごめ、っ、…ぼ、僕っ、ん、いんら、だっ、からぁ…ッ!ひ、いっ、あ…も、で、そ…出そう…ッ」
どうしようもない征服感が心を満たし、思ってもいない事が堰を切ったかの様に次々と頭を駆け巡る。脳内はもう真っ白で、冷静な判断が下せる様な状態じゃない。自制心なんて其処には存在していない。
もう殆んど意識なんて正常に働いていないであろうA弥は腕の力を緩め、両手でオレの両頬を優しく包み込んだ。そして、夢現の様な、朦朧とした瞳で力無く笑い、顔を引き寄せ、唇を合わせる。柔らかい、滑りのある唇はいつもより愛しく思えて。オレも必死にA弥の唇を貪った。
最中に放ったA弥の『好き』なんて言葉も、唾液と一緒に全て呑み込んでしまい、オレの耳には聞こえてはこなかった。
『誰かに寄り掛からないと生きていけない』
『依存』
確かに、そうかもね。
生きている証が、誰だって欲しいもんね。
お前なんかに言われなくたって十分知ってるよ。


オレは、負け犬の独裁者だ。
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