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□沈黙
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明るい部屋の中。
明るいとは言え、天井から降り注ぐ照明のみの明るさであり、テレビ等は全て電源を落とし、カーテン、部屋の鍵は閉め切ってある。
C太は自身の部屋で茫然とある一点に焦点を定めていた。
ベッドに横たわる恋人。その無防備な寝顔を只、見詰めていた。
恋人というのは勿論A弥であり、何故A弥がC太の部屋で何の警戒も無しに大人しく寝ているのは少々不思議な事ではあった。
だが、誤解はしないで欲しい。
C太はあくまで合理的にベッドへ誘導したのであって、何か睡眠薬の類いでこの状況へと導いたというのは全くの誤解。
順を追って説明すると、A弥はC太の部屋に遊びに来た。A弥は最近不眠症気味で悩んでいる事を告白した。自分の家では四六時中視線を感じていて、なかなか睡眠にありつけないと。それならオレの部屋で寝なよ、と、そういった流れで今の状況である。
C太はなかなかお目に掛かれない、強いて言えば“自身の監視下においてもなかなか見ることの出来なかった”寝顔を、直接眺める事が出来たのだった。
あまり長くない睫毛。白い肌。静かに上下する胸。重力で左に流れた前髪。全てが愛しい。そう、壊して、崩して、もう二度と他人の目に曝されることの無いようにしてしまいたい位。
部屋に招き入れる際には、疚しい気持ちは毛頭無かったが、そんな事を思っていると少し手を出したくなってしまうのは分かって欲しい所だった。
A弥の両肩の脇に手を着き、跨がる体勢になる。
いざ上になってみると、上からの眺めも中々そそるものがあるという感想を持った。それは征服感であったり、…何と言うか、自分の物になった感じがした。
ゆっくりと身体を倒してA弥の白い頬に唇を落とす。少し大袈裟にリップ音を立て、唇を離す。
するとA弥はスローモーションの様なゆっくりとした動作で瞼を引き上げた。深紅で透明感のある美しい色をした瞳が現れる。一瞬寝惚けていたのだろうが、その瞳は直ぐに驚愕、困惑といった戸惑いの色へと変わった。
A弥の瞳を真っ直ぐに見詰め、その困惑のリアクションに対して唇を歪める。
自分の上に跨がり、何やら企んでいる様な笑みを浮かべる妖艶な褐緑を見て、A弥は直ぐにその状況を理解し、耳まで真っ赤になっていくのを隠すように顔を横へと向ける。
それを見たC太はもう可愛いくて可愛いくてしょうがないといった笑みを隠そうともせず、更に首に唇を落とす。吸い上げる様にわざと音を立てると、ひっ、と小さく悲鳴を上げる。
これ以上赤くなれない位に顔を真っ赤にして、目をぎゅっと瞑り、唇を思い切り横に引く姿はいつものだるそうなA弥のイメージをがらりと変える位の勢いがあり、破壊力と言っても過言ではないな、なんて、そんな呑気な事を思うC太だった。
シーツを握り締めるA弥の手を握り、A弥の赤い耳に息を吹き込むように承諾を得る為の言葉を囁く。
その言葉を聞くなりA弥は目をカッと開き、C太の瞳を凝視した。
C太は両親が“今週は旅行で帰ってこない”という事をA弥に告げると、A弥は少し悩んだ様子で目線を逸らす。
そんなA弥に構わずA弥のネクタイを解く。A弥はその急な行動に対し、焦って制止の言葉を掛けるが、C太はその言葉を受け入れないといった様に手を止めない。
C太はもうこうなってしまったら手が付けられなくなる、という事をA弥は知っていたので、もう諦めようと一気に全身の力を抜く。
耐えるだけ、我慢するだけ、言う通りにするだけ。
……それだけだ。それだけの事なのだ。
何も怖くなんて無いのだ。死ぬ訳じゃあるまいし。
いくら痛くたって、死なない。死なせてくれない。
しょうがないんだ。
………僕が居ないと、C太は、C太は……。
そう自分に言い聞かせ、C太の手によって暴かれていく自身の身体を、茫然と、呆然と見詰める。
運命は残酷。
この状況を僕等は変える事は出来ない。それは、子供だから、…なんて理由だけじゃないんだから。
こんな事を続けていても、子供を孕む訳でも無い。二人で、互いを貪り求め合うだけ。そんな生産性の皆無な行為に、何か意味が有るのなら。
本当の心は、何時だって沈黙したままだ。


「………ね?」

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