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□価値
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「ねぇA弥、面白い噂があるんだけど」
オレは、さっさと旧校舎に向かおうと帰りの支度をするA弥に背後から声を掛けた。
案の定、A弥は素早く反応し、後ろを振り返ってオレを見た。それは期待の籠った、お菓子を見せられた子供の様なキラキラとした無邪気な眼差しだった。
「…何、C太?噂って」
こういう時のA弥は本当に可愛い。オレの事を完全に信じ切って、疑いも無く求めて来る。子供そのものの反応は何時だってオレの感情を沸々と掻き立てる。押さえる事に夢中になってしまう位。
「あぁ、それがね…。今こんな所では話せないん事なんだ…」
そう、少し残念さを匂わせ言うと、A弥は微かに怪訝そうな顔をして、顔を前に戻した。そして用意を終えたバッグの持ち手を掴むと、くるりと再度こちらを向いて、オレの顔を覗き込んで来た。
「…今此処で話せないんだったら、何処で話せるのさ」
先程とは真逆、全くの無表情でオレを見てくる。声のトーンからも窺える様に、A弥は少し不機嫌そうだった。イメージからすると、口を尖らせて怒っていても不思議では無い位に。
拗ねているのだ。
子供とか、女子みたいに。
「えっと、……。じゃ、…旧校舎行こうか」
気まずそうにそう言うと、A弥は首を傾げたが、納得した様だった。


別に、嘘じゃあ無かった。
騙した訳でも無い。
謀ったって訳でも無い。

“使った”ってだけ。
言うなれば、材料だ。
この手の噂話は実践した方が得だと思う。
参考文書に何の意味がある?
参考は参考程度だ。
参照とも引用とも違う。
この噂はまず、オレ自身は信じていないし、かなり信憑性の低いものだと思っている。オレに限らず、誰しもがこんな噂耳にしたとして、本気で心の底から信じてしまう人など居ないだろう。
けど、A弥が“噂”と名の付く物に食い付かない訳が無い。そこはかなり確信を持って言えるだろう。
つまり、『A弥なら信じてしまうだろう』、という事だ。
言い方は悪いが、言い換えれば、『噂オタク・噂馬鹿なら信じるであろう、根拠の無い話』と言ったところだ。
何とかは盲目と言うが、ある意味それなのだろうか。
まぁ、いずれにしてもどちらでも良い。
噂話にはオプションが付き物である。

そんな文字通り他愛の無い思考を募らせた侭、オレとA弥は旧校舎へと向かったのだ。
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