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□交渉と考証
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何時まで経っても俺の頭からアイツの事が離れなかった。
ずっとあの光景がフラッシュバックして仕方が無い。
正直、屈辱的だった。
あんなに嫌っていたアイツで頭が一杯になるのだから。最悪だ。
俺はピアノ椅子に全体重を預けて斜め下の鍵盤を眺める。
白い長方形が規則的に整列して並び、その上を小さな黒い長方形が添えられる様に並んでいる。綺麗な物を見ると壊してしまいたくなる、なんて人が居るが、俺はそうは思わない。綺麗な物は、言うなれば“完成されているもの”である。世の中に完成されているものなんて無い。絶対に在り得ないのだ。完成品じゃないから、壊して、リセットしたくなるんじゃないだろうか?
俺はそう思う。
完全なんて在り得ない。かく言う霙太も、完全無欠とは言え唯の比喩に過ぎない。
駄目な箇所は幾らだって有る。
身体は弱いし存在感は薄いし食べ物の好き嫌いは激しいし直ぐ苛つかせるし無神経だし掃除はしないしおまけに呆けてるしド天然。
表面上の完全体。
姿形のみの完全体。
偽物作り物の完全体、とでも言おうか。
“完全で在ること”は、この世のタブーなのだ。
「何で直ぐアイツの事なんか思い出すかな……」
深く溜め息を吐く。
“僕、綺都の事、好きみたいだ”
何で。
何であんな奴が。
アイツは昔からそうだ。何でもしてくれる、気の利く奴だった。優しくて、知らない事が有れば何だって教えてくれるし、困った時はいち早く助けてくれた。
だから、アイツに一生おんぶに抱っこになるんじゃないかと気が気でなかったのだ。だから遠ざかったのに。
意味無いじゃないか。
ゆっくりと目を伏せようとしたその時。
「ッ、あっ、あのっ!」
背後の扉付近から、如何にも挙動不審な人物像の思い浮かびそうな甲高い声が聞こえた。
振り返ると、小動物を連想させる位小さい女子生徒が立っていた。だが小さい、とは言っても150cm程だ。茶髪のボブカットに赤い眼鏡。ぱっとしない感じ。
「あっ、あぅ、あのっ、いつも、ピアノ素敵です!!憧れますっ!」
彼女はきょどりながらフォローしてきた。
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