しとしとと降る雨を見上げ、ロイはポツリと呟くように問かけた。

「なあ、ここどこなんだろうな?」


あめがやむまで

「そんなことっ!私が知ってるわけないじゃないですか!!」

その場の空気がビリビリと震えそうなほどの大声に、ロイは顔をしかめ声の主に目を向けた。
声の主――――リオンは頬を赤く蒸気させ、ロイを睨みつけている。

「お、落ち着けって。そんな怒鳴んなくても聞こえるって」

ロイはなっ?と慌ててリオンに言う。


オレ、人をなだめたりするキャラじゃねぇんだけどな…


とロイは心の中で苦笑いした。
なだめられた側のリオンはというと、小さく息を吐くとプイッとそっぽを向き、今度は空から落ちてくる雨を睨み始めた。


ロイはリオンと二人で薄暗い洞窟…というよりは洞穴、に近い様なジメジメとした場所にいた。…それも二人きりで。
ふと頭に、気になるリオンと二人きり、とよぎり、慌てて意識の外に追い出そうと頭を振った。

こんな状況…今いる場所がどこかもわからない、おまけに洞穴の外は雨。という最悪の状況で、やましい考えは流石に不謹慎だと頭を掻きむしる。
そして溜め息をつき、ことの発端を思い返した。








「ロイ君、待ちなさいっっ!今すぐ王子の変装をやめなさい!」
「わかった、わかったから追い掛けて来んなって!ちゃんと着替えるから!」
「いいえ。ちゃんと見届けないと、着替えずにまた悪さをしにいくでしょう?」

王子の変装をし足早く歩くロイの後ろを、物凄い剣幕で追うリオン。
セラス湖の中に建つこの城で、最近よく見る光景だった。
ロイはこのささやかな時間が好きだった。例え、王子の変装はリオンが怒ることだと分かっていても。

いつも王子のことばかりで自分に興味のないリオンから目を向けてもらえる時間なのだ。やめられるわけはない。

「もうしないって!」
「そう言って約束破るのはコレで何度目ですか?」
「えーと…3回目?」
「8回目ですっ!」

わかったと後ろ手に手を振りながら、ロイは空いたもう片方の手で顔がニヤケるのを隠した。リオンが自分を捕まえようと速度を上げるのを目の端で確認する。

階段から逃げようと、レヴィの前を通り過ぎ、ビッキーのところに差し掛かった時、いよいよ追いついたリオンに腕を掴まれロイは足を止めた。

「ロイ君、逃がしませんよ!」
「うわっ!おい、離せって」

触れた腕と顔がいっきに熱くなるのを感じ、それを悟られまいと必死に喚きながら腕を振りほどこうとする。

「駄目です!」

しかし、さすが見習いでも女王騎士のリオンの力は強く、手がほどける様子はない。

「いや、だからさオ――」


くしゅんっ
「あ、しまった!」



ロイがさらに喚こうとした時、不意に横から小さなくしゃみが聞こえた。

「え?」
「しまった?」

ロイもリオンも突然のことに唖然とし、くしゃみの主に顔を向けようとしたが、目の前の景色がくにゃりと歪む。

「!!」

声を出すまもなく、一瞬体の浮くような感覚に襲われ、思わず目を閉じた。










ロイは改めて今いる場所を見渡し、溜め息をついた。

城にいたはずなのに、目を開ければリオンと二人森の中。そして呆然としてる間に雨が降りだし、運よく見つけたこの洞穴に転がりこんで、現在に至っている。


「…本当に止めてもらえませんか?」
「へ?」
「変装です」

突然、ぽつりと言ったリオンにロイは押しだまるしかなかった。リオンは相変わらず降る雨を見つめている。
しかし、その視線の先は雨ではなく守るべき人に向いているであろうことは容易に想像できた。


くそ、なんなんだよ…


ロイは、今自分が王子の変装をしていることに虚しさを感じ、着けていた銀髪を投げ捨てた。

「もうしねぇよ。…それで、いいんだろ」

苛立ちを隠しきれず吐き捨てるように言ったロイに、リオンは視線だけをちらりとよこす。

「しなくていい時は、しないでいいじゃないですか」
「?」
「影武者を…しなくてはならない時以外まで、王子のふりをしなくていいでしょう、と言っているんです」

膝を抱え呟くリオンの言葉の意味が一瞬解らず首を傾げたが、次の瞬間頭に血が上るのを感じる。


人の気も知らないで!


何のために変装して歩き回ってるのか分からないのか、と口に出したい気持ちを必死に押さえ、行き場のない感情を拳に込めて地面にぶつける。

「王子さんに迷惑かけちゃあ護衛として見過ごせねぇもんなぁ!」
「…?何を怒っているんです?」
「怒ってなんかねぇよ!」

つい口に出してしまった嫌味。訳が分からず、不思議そうに見てくるリオンについ怒鳴ってしまい、ロイはリオンから視線をそらした。

「…わりぃ」

溜め息とともに謝罪し落ちる雨を見やる。


こんな気持ち、雨と一緒に流れてしまえばいいのに…。


王子の変装でしか気を引くことのできない自分のふがいなさに、ロイは嫌気がさしていた。

「確に、王子に迷惑をかけるからと言うのもありますが、私が言いたいのはそれだけじゃないです」

そう言ったリオンが、自分の方に向いているのを横目で感じたが、今度はロイが雨を見つめたまま、沈黙で続きを促した。

「ロイ君は思っていませんか?自分は影武者でしかない。誰も自分自身を見ていない…と。違いますか?」

心の奥底でふつふつと渦巻いていた感情を見透かされ、ロイははっとし振り向いた。リオンは真っ直ぐに見つめている。王子でも他の誰でもない、自分を。

「あ…オレ…」
「だったら、変装が必要な時以外はロイ君のままでいてください。もっと皆がロイ君自身を知れるように」

ロイは吸い込まれるようにリオンの瞳を見た。その瞳はあの時の…乱稜山で自分に怒りをぶつけた時と同じ、嘘のない瞳だった。

何も答えられず、呆然と見つめているロイから視線をそらしリオンは膝に顔を埋めた。

「私は、どんな変装しててもロイ君がわかりますけど、皆さんにも知ってもらいたいです。影武者じゃないロイ君を」

周囲の音に消されそうなくらいの小さな声のその内容に、ロイは耳を疑いリオンを見た。
膝に顔を埋めていたので表情は見て取れなかったが、リオンの耳が真っ赤に染まっているのに気づき、ロイも鼓動が早まるのを感じる。

「…あ、ありがとな」

やっとの思いでロイは言葉を出した。
照れて真っ赤になった顔など格好つかないのでリオンには見られたくないと、ロイは視線をさ迷わせ頬を軽く叩く。
そして、こんな時王子なら、微笑んで気のきいたことでも言えるのだろうと溜め息をついた。

「あ…」
「どうし…」

ふいにリオンが顔を上げる。何かあったのか聞こうとしたがリオンが洞穴の外を見ていたので、ロイもリオンの視線を追いかけた。

「雨、止みましたね」
「…だな」

洞穴の入り口の外側は雨が止み、青空がかいま見えていた。
その空と同じように、ロイも少し晴れたような気分だった。


今はこれでいいよな…


ほんの少しだろうけれど、リオンの瞳に自分がうつっていると分かっただけでも、今は贅沢な幸せかもしれないと思えた。

「帰るか」
「はい、帰りましょう」

立ち上がり、お互い顔を見合わせ微笑むと、薄暗い洞穴から雨の止んだ外へと足を踏み出した。



END




後日談として…。ビッキーにとばされた場所はお城から近い上に、ロイは後々カツラをいそいそと拾いに行ったとか行かなかったとか…(笑)

*感想をお待ちしておりますv


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