哀歓善戦

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「(なんで…!?)」


マサラタウンへと続く道を走りながら、口には出さないが、イミテの表情は不信感でどんどん険しくなっていく。


ここにくるまでまだ誰にも会っていない。

軍人はおろか、マサラの住人にも、1人も。


町の方から火薬の臭いはかすかに漂ってくるのに。

辺りはあまりにも静まりかえっていた。



「あ…」


目に入ってきた看板に、ズザア、と思わず足を止める。




“ようこそ!
始まりの町、マサラタウンへー”


白地に黒で大きく書かれたその文字。

どっ、と、懐かしさがこみあげた。


この町の長老…オーキド博士が作ったその看板。

専門の職人に頼めばいいものを、『この町のシンボルだからわし自身で作りたい。』と、せっせと時間をかけて毎日コツコツ作っていた。

レッドが興味津々で毎日一緒に様子を見に行っていたから、昔のことなのに鮮明に覚えている。


『博士ー!黒と白しかないじゃんか!看板なんだから、もっと赤とか青とか、目立つ色使った方がいいって!!』


そう口をとがらせて言ったレッドに、『バカもん!』と博士が一喝。


『いいか、レッド。この町の色は“白”。何色にも染まらず、凛とした美しさを持つ…それがマサラタウンなのじゃ。』

そう説明したオーキドに、レッドは『看板なのに、目立たなくて変なのー』なんて馬鹿にしていた。

しかし、出来上がった不格好な2色のみの看板に『まっ。博士にしては頑張ったな。』などと、レッドが呟いていて…。

その表情がなんだか照れくさそうで、頬は赤く染まっていたから、素直じゃないなあ、なんて笑ってしまった気がする。



「(ここから先が、マサラタウン)」


イミテは看板より先の地面に足を踏み入れた。


改めて、町全体を見る。

…数年ぶりに帰ってきた故郷(マサラタウン)は、ほんの数カ所煙が上がっている場所がある程度。

イミテの記憶の中にあるものと、全く変わっていなかった。

そう、あの日のまま、だ。



「イミテ!」


イミテがそのまま…何だか動けずにいる間に、後ろを走っていたグリーンが追いついた。


「っ…、もっと辺りを警戒して動け!ここは今、敵地も同然なんだぞ!!」


イミテの肩をつかみ自分の方へと向かせると、珍しくグリーンが声を上げる。

それだけイミテのことを心配しているのであり、それだけ大切に思っているからこそのことだろう。



「…グリーン。」


イミテはそれとは対照的な静かな声で言った。


「…何だ?」

「本当に…、マサラタウンなんだ、ね。」


そう言って一瞬目を細める。


「…っ!」


その表情は、何を表しているのか。


懐かしさでいっぱいなのか。

過去のあの日を思い出して、悲しみがこみ上げてきているのか。

自分達が生まれ育ったこの場所に、何か思う感情があるのか。


イミテの気持ちが読みとれなくて。

なんと声をかければいいのか分からなくて。


「…、」


グリーンは何も言えないまま、イミテの肩を掴んでいた手をゆっくりと離した。


そのとき…ぶわあっと、一陣の風が彼らの間を吹き抜ける。


「「!」」


イミテ、グリーンは互いに顔を見合わせた。

風にのって運ばれてきたのは…まぎれもなく血の臭い、だ。



「そんな…本当に、虐殺が…!?」


軍隊がマサラタウンを襲ってもう虐殺が行われたあとだとしたら…こんなに静まりかえっているのも説明がつく。


加えて、マサラの風景、空気に、血と火薬の臭い…

“あの日”が蘇ってしまって、イミテは自身の胸の前でギュッと拳を握る。


その手を、グリーンがパッととった。


「グリーン、」

「まだそうと決まったワケじゃない。確かめに…行くぞ。」


今グリーンの脳裏に蘇るのも、イミテと同じくあの日の記憶であった。

だからこそ、イミテの手をとった。



もう、1人で背負わせない。

自分達から離れさせない、絶対に。


独りきりで、泣かせたりなんかしない。







イミテとグリーンは血の臭いが漂ってくるほうに向けて、懐かしい道を足早に歩く。

手は繋がれたままだ。

ここでも、軍人もマサラの住人も、人は1人もいなかった。


広場に出たとき、血の臭いが一層こくなる。

そして…、


「…!」


その惨状に、2人は目を見開いた。

足の踏み場のないぐらいに倒れているたくさんの軍人たち。

息がないのは傷口から溢れ出る血の量からして明らかで、広場には血だまりができていた。


血で染まった、白の町ー…。

目を、背けたくなるような、惨状。



「あ…」


イミテが小さく声を挙げた。

広場の…噴水のところにもたれかかるようにして死んでいる1人の軍人。

かつてマサラタウンを襲い、イミテの両親を殺した、あの男だ。



「…。」


グリーンはギュッ、と繋がれた手に力がこもったのを感じた。


「(おかしい…)」


マサラタウンにこれほど腕の立つ者がいただろうか?

たとえ住人全員で襲いかかったとしても、ここまでは出来ないだろう。


一体、誰が…?



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