哀歓善戦

□19
1ページ/10ページ




“人質をとられているの”

クリスは言った。



「人質…。家族か?」


ゴールドが聞けば、クリスは少し悲しげな笑みをうかべて首を横に振る。


「他人よ。全くの赤の他人。分かっているのは、名前だけ。出身地も、その人がどんな人生を歩んできたかも、全く知らない。」


「……でも、」とクリスは顔をあげてゴールドの瞳を見つめた。


「その人はすごく強くて温かい人だった。言葉の1つ1つに芯があって、自分の意志があって…。本当に不思議な人だった。」

「………。」


「その人と初めて会ったのは、キキョウシティっていう、小さな町だったの。」

「キキョウシティ…!?」


ゴールドは思わず声をあげる。

キキョウシティは、ゴールドが憎んでいる人―…ハヤトの故郷だ。

昔、ハヤトが故郷の話を楽しそうにしていたため、妙に印象に残っていた。



「知ってるの?」

「いや、聞き覚えがあっただけだ。続けてくれ。」


ゴールドの言葉にクリスはこくりと頷き、続ける。




「私はその町にある塾で働いてた。建物は小さくて古いし、お給料も他と比べたらそれほどいいとは言えなかったけどね。」

「ふーん。塾の講師ってもうかりそうだけどな。」

「普通の塾なら、ね。私の働いていたところは孤児が何人かいて、経費をそっちに回してたから。」

「はあ!?」


ゴールドは思わず声をあげた。

キキョウシティは治安が悪いわけではないが、特別いいというわけではない。

そんな中、無償で子供を扶養するなんて考えられなかった。



「おかしな話でしょ?塾長のジョバンニ先生って人が、すごく思いやりのある人だったのよ。…孤児をそのままにしておくと、どうなるかは目に見えてるから。」

「……たしかに、な。」



たいていの場合、孤児は軍に保護され、各地にある施設に預けられる。

だが、その施設の環境状態がひどいのだ。

国が財政の援助をしているもののとても足りず、ほとんど施設の孤児達は食事も寝床もろくに与えられない。

見張り役の軍人から腹いせに暴力をうけることも日常茶飯事だ。


ひどいときには里親が見つかったと称して、異国に安く売られることもある。



「そんな孤児達を預かってるわけだから生活は苦しかったけど…、でも、楽しかった。子供達は私のことを本当のお姉さんのように慕ってくれたてたから…。」


クリスはそう言うと、軽く俯いて黙り込んだ。


「クリス…?」


ゴールドが名前を呼ぶと、クリスはゆっくりと顔をあげる。

目には涙がにじんでいて、今にも泣きそうになっていた。



「お、おい…」

「本当に、子ども達はいい子で、素直で、かわいくて……だから私は彼らを守りたかった…。守りたかったから…っ、仕方なくて…!でも、あの人には…迷惑、をかけ、て……。」


クリスの目からは涙がポロポロとこぼれおち、だんだんと声が震えてきた。


ゴールドは彼女の手を包み込むように握る。


「落ち着け。ゆっくりでいいから。な?」

「え、ええ…。」


もちろんクリスは驚いたけれど、不思議と手から伝わるぬくもりが優しく感じて、なんだか嬉しかった。


そして、また話しを続ける―……。



.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ