ぎんたま

□うめぼし
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「あれーまたあいましたねー」
「オメェの仕事場はここじゃねぇぞ。呆けてねぇでとっとと帰れ」


はははーなんて笑いながら、第七師団の部屋の前につっ立っているこいつは、厨房係。
厨房係のコイツが何でここにいるのか。理由は簡単。


「出前でーす」
「……」


奴はぶら下げて持っていた籠を抱え直して、中身を見せてくる。
握り飯が籠の収容量以上にひしめきあっていた。


「何だこれは」
「えーっ、おにぎりですよー阿伏兎さん知らないんですかー?ありえなーい」
「俺ァお前らみてぇな蛮族共の飯なんぞに興味ねーんだ」
「ひどいなー団長さんのご要望ですよーこれ」
「どんな内容だ」
「侍の伝統食を持ってこーいと言われたので持ってきました」


コイツは人間だ。
戦闘に関してはひ弱すぎて話にならねぇが、大食らいの団長からすりゃあこの馬鹿デケェ組織の中で、自分の嗜好にあった地球の飯を作れる人間だから気に入っているんだろう。


「はいこれ」
「は?」


ずしり
右腕に負荷がかかる。


「あたしはこの先は立ち入れませんので、宜しくお願いしまーす」


このすっとこどっこい、俺を手間に使うたぁいい度胸してるじゃねぇか。
嫌味でも軽く垂れてやろうかと口を開いた瞬間、その中に何かねじ込まれた。
薄く塩のきいた米の味。
どうやら握り飯が口のなかに入っているらしい。


「……」
「それ運んでいただくお礼ってことでーあははー」


目の前で笑っているコイツは、俺が食い終わるのを待っているらしい。
何だ、感想でも欲しいのか?言ってやるかよ、そんなもん。
そう思っていたのに、飯が全部なくなって、喋る事が出来るようになったら思わず尋ねちまった。


「オイ、このアホみてーに酸っぺえのは何だ…」
「うめぼしでーす。侍のソウルフードでーす」
「ただ酸っぺェだけじゃねえか」
「それがいいんですよー」


わかってないなーとか何とか文句たれてきやがる。
なんで俺がお前の文句聞いてんだ。
むしろこっちが文句垂れてェくらいだろーが。


「あたし仕事あるんでそろそろ戻りますねー怒られるんでー」
「オイ」
「じゃよろしくおねがいしまーす」


コイツ、地球産のくせに逃げ足だけは速ぇ。




「阿伏兎ーこの酸っぱいの何ー?」
「うめぼし」
「ウメボシ?」
「何でも侍のソウルフードらしい」
「ふうん。侍って変なもの食べるんだネ」


すっぱー
団長の独り言を聞き流しながら、仕事を片付ける。
籠一杯だったら握り飯は恐ろしい速度で減っている。

この減り方が書類だったらな、なんてぼーっと考えていた頃には籠ン中は空になっていた。


この日から度々アイツが部屋の前に、籠に入りきらねえ程の握り飯を持って現れ、そのうち一つを無理矢理俺に食わせて帰って行くのがよくある光景となっていた。

大食らいの夜兎にとって飯が食えるのは有り難ェ。だがな。
毎回握り飯で、しかもうめぼしの連続だといい加減に飽きてくるってモンだろ?
侍ってのは握り飯はうめぼししか食わねえのか?


「団長もよく飽きねえなァ、うめぼし」
「ン?うめぼしの他にも食べてるからネ」
「……。」


あのバカ、俺にだけ連続でうめぼし持ってきてやがったらしい。
どうせまた明日も大量の握り飯もってくるんだ。
明日会ったら一回ブン殴って、うめぼし以外の握り飯食ってやる。

ところがいつも現れる時間になっても来やがらねえ。
最初はサボリかと思っていたんだが、この日を境に現れなくなった。
どうなってやがる。
団長からの指示もあって探しに行く事になった。
(団長が一番食ってたんだから自分で行け、なんて言ったら口が裂けるどころの話じゃねェ。)

厨房係だから、そこにいるだろうと思ってきてみても姿がねえ。
見えねえ所にでもいるのか?
適当な奴に呼び出させようとおもって声をかけた時に初めて、アイツの名前を知らない事に気がついた。


「オイ、しょっちゅう握り飯出前してたヤツしらねえか?」
「ああ、あの娘なら別艦に移動になりました」
「…そうかい」


別艦に移動じゃあいくら探しても見つかるはずもねえ。
なァに、また元の生活に戻るだけだ。
その事を団長に報告すると、


「えー。そうだったのか。寂しいなあ」


おいしかったのになあ、と言いながら足を投げ出してつまらなそうにしていた。
食えるもんが食えなくなるのは確かに寂しい。
このときばかりは団長と同じ気持ちだった。


そんな事もとうに過ぎた頃には、以前のような生活に元通りで、仕事で久しぶりに地球に行く事になった。
目的地へ向かう途中、てっきり後ろについてきていると思っていた団長が、随分後ろの方で立ち止まって何かを買っている。


「団長ー、何してんだ、とっとと行こうぜ」
「そんなに急がなくったって平気さ。それより、これ見なよ」


がさがさと半透明の袋の中をあさって、団長が取り出したのはうめぼしだった。
プラスチックのケースのフタを開けると、あの酸っぱい匂いがした。


「ひさしぶりに見つけちゃってサ」
「そうだな」


ケースのなかに詰められたうめぼしを一つ摘んで食べた。


「こんなに酸っぱかったっけ?」
「さァな。こんなもんだったろ」


大量の唾液が分泌され、それと一緒に塩の利いた米の味が甦った。


「また食べたいなあ」
「そうだな」
「これが終わったら迎えに行ってきてヨ」
「断る。なんで俺が握り飯のために蛮族迎えに行かなきゃならねえんだ」
「ケチだなー」
「うるせェ」


道端に種を捨てて、今度こそ目的地に向かい始めた。
船に戻ったら、名前くらいは訊いてやろう。
そしたら団長も呼び出せるだろう。


うめぼし

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