STORY

□れんあい開花
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期末テスト最終日の屋上。
家に帰ってもまだ遊子がいないからと、啓吾と水色に誘われるまま購買で昼飯を買って食べる。

チャドは帰った。

だけど水色は、俺が買い損ねたコーヒーを何故か啓吾に買いに出させて、鉄の扉が閉まるのを確認すると、ここぞとばかりに話し掛けて来たんだ。


「ねぇ一護はさ、女の子に触れたいとか、キスしたいとか思わないの?例えば井上さんとか・・」


このテの事は何度も言われた。でも井上の名前を出されたのは初めてかもしれない。
確かに井上に俺達以外の男がつけば、簡単に仲間だと言ってやれなくなるのは分かる。
だから夏休みを目前にして、井上と一番仲がいい俺に、水色は発破をかけるつもりなんだろう。


「ま、相手は井上さんじゃなくてもいいんだけどね、一護に恋愛を教えてくれれば」


水色の言う通り、俺はそういう事に開花してないのは分かる。この前のバレンタインの時につくづくそれは理解した。

年末の下校途中、複数の男子高生に絡まれていた中学生を助けた。
頻りに礼を言われたが、大したことじゃないと名前すら名乗ってやらなかった。
それでもバレンタイン当日になって、俺が着ていた制服を追って来たのか、校門で待ち伏せしていたその子からチョコを渡された。
しかし俺自身それまで顔すら覚えてなかった上に、何も言わず逃げられたから、
それが本命だったなんて分からなかったんだ。

分かったのは、それから2ヶ月経って俺が高2になった頃。
暫くしてその子が新入生になったのを知って、声を掛けようとしたらその友達だというヤツに止められた。

『何も言えなかった彼女が悪いですが、バレンタインに渡したチョコ、本命だったんです』


逃げるって事は、それだけ恥ずかしかったし、真剣だったんだよな・・・
もし俺にも家族より大事だと言えるヤツができたら、同じ失敗はしたく無い・・・





「井上サン達と、かくれんぼすることが決定しましたぁぁぁぁ!!」


啓吾が騒がしく屋上に戻って来たかと思うと、おまけに井上達も連れて来た。
今まで噂をしていた人物の登場にドキリとしながらも、年甲斐もなくかくれんぼかと大きく俺は溜息をつく。

「これだけのメンバーを啓吾一人で探すのは大変だろ?俺も鬼でいいよ」

こういう時、ルールや鬼がスムーズに決まっていく啓吾達のパワーは凄いと思うが、端から参加するつもりはない。
夏休み前だというのに、太陽は既に8月の準備を万端にしているようで、食べ終えたパンの袋を無駄に輝かせていた。

探す振りして昼寝でもしてるか・・・

俺はそう決め込んで、ブーブー文句を言い乍カウントしていく啓吾を横目に、買って来て貰ったコーヒーを時間稼ぎにしてゆっくり飲んだ。



「そんなこと言わないで・・黒崎くん、一緒に隠れよ!」


俺の左側。突然絡められた腕に反応して顔を上げれば、満面の笑顔の井上。
井上の頭上に輝く太陽が眩しいのか、井上の笑顔が眩しいのか、よく分からない。
でも半袖のシャツから伸びた腕が、俺より数段白い事に少し胸が高鳴った。

『触れたいとか思わないの?』水色の言葉が頭を過る。




「俺は他を探すよ・・・」

「ダメだよ黒崎くん、浅野くんそろそろ100数え終わっちゃうから・・・」


取り敢えず駄目だと言われれば移動は適わない。そのまま白い陶器のシンクに軽く体重を預ける。
啓吾の探せない女子トイレは禁止。だからここは男子トイレの清掃用具庫。
男子トイレに入ってしまう井上の天然にも目を見張るものがあるが、でも本当にヤバイのは、こんな狭い場所に二人きりだということ。

胸を高鳴らせた白い腕は確かに解かれたのに、身じろぐだけでまた触れてしまいそうな距離だから。


「黒崎くんの手・・本当大きいよね・・こんな大きい手だから、あんなに大きい刀を振り回せられるんだね!」


シンクに掛けてあった俺の手を突然取って、井上はまじまじと見つめ乍、指を曲げたり、摘んでみたり、自分の手を合わせてみたり。
忙しく動く手と表情。でも本当に楽しそうで、いつも護ってくれてありがとうなんて言われれば、止めてくれなんて言えない。

それどころか、他心無く手を触ってくる井上に拘わらず、俺は言葉が発せられる度に指先へ感じる吐息にドキドキする。


「黒崎くんの手、大きいから字が書けるね!伝言ゲームできそう!」

「伝言ゲーム?」

「うん、背中に文字書いて読み取って貰うやつ!あれが手でできそう!」


あれは果たして『伝言ゲーム』と言うのだろうか。
でも、小さい頃お兄ちゃんの背中でもこうして遊んだんだと嬉しそうに話すから、手に字を書き始めた井上の指をそのまま握って止めた。


「どうせなら背中でやれよ」

「・・・いいの?」

「やってみたいって、思ったろ?」

「うん!ならね、ならね・・・」


こうして始まる、薄暗い中での突然の『伝言ゲーム』。
かくれんぼの中の小さな二人だけのゲームは、まるで晴天の空の下、交差点の真ん中でこっそり耳打ちするような、そんな感覚。

誰も二人を気にする筈も無いのに、ひっそりと行われるレモン色の秘め事。


離された手が少し淋しい。
もっと触れられていたかった気もするが、冷えた筈の手が途端に汗ばんだから、俺の心拍数が早い事に今更気付いた。
でも、マラソンして段々と早くなるあの鼓動の不快感を、不思議と感じない。寧ろ短距離を走り切ったような小さな達成感が続く。
こんな気持ちが水色の言う恋だなんて事は、まだ知らない。

ただ、早く書いてくれ・・・







どうでもいい事が書き散らされる。

りんご、ゴリラ、ラッパ・・・


それ、結局はしりとりだからとツッコミを入れては、声を殺した笑いが二人を包む。
次は文章でやってくれと頼むと、面白い事書くねと返答され、それにまた困った。
再び井上の指が背中に立てられると、くすぐったくて身体がピクリと反応する。


ザ ン ゲ ツ ク ロ サ キ

「ソレどっかのレンジャーみたいだから!」

ガ ン バ レ ク ロ サ キ

「いや、だからっ!・・まぁ頑張るけどな」

ヒ ー ロ ー ク ロ サ キ・・・・・・

「・・・そのヒーローを護ってるのお前だろ?・・って、え?・・・・」


・・・何だ今の・・・

確かに最後に書かれたのは言葉でなくて記号で。
一筆書きで背中一面使うみたいに、ぐるりと一周。
素直に受け取ったら、思わず顔が期待でふやけそうになるだろう。
でもあの苦い思い出は、確実に俺の判断を一歩遅らせる。

そう、その記号とはバレンタインに貰ったあのチョコの形と同じだった。


「あ、あの私・・・隣の個室に移動します!」

「井上、最後の・・・何だったんだ?・・・」

「いや、それは・・あの・・・そう、マルです、マル!」

「・・じゃあ、何で逃げようとするんだ?」

「逃げるなんて・・そんな事・・・」

「なら、俺にもやらせろって・・『伝言ゲーム』は返って来るから楽しいんだろ?」


逃げようとする井上の手を掴んで、それから絶対逃げられないように指を絡める。
真っ赤になっている井上に後ろを向かせると、邪魔な髪の毛を前に払った。

まだ『大事』だとか分からないけど、でも『逃げる』井上に、彼女上の本気を感じて、何か温かいものが胸を支配した。
前に払った髪の毛が、指の間からさらさら落ちていくのを心地いいと思う。
このまま後ろから抱き締めて、さっき井上から言われた『護ってくれてありがとう』をそのまま返したらどうなるのだろうか。

・・・前を向かせてキスをしたらどうなるのだろうか・・・

俺は今にも井上に向かって伸びていきそうな手を押さえて、額を背中に預けた。


「く、黒崎くん!?」

「だってお前の背中小せえから返せねぇよ、お前のくれたのと同じくらいでけぇマルは・・・だから今はコレで勘弁な・・・」


額は鼻を介して離れて行く。そのまま変わりに唇を押し当てて、井上が何をされたかしっかり認識できるように吐息を残した。
吐息は布を介してより熱くなるだろう。気持ちを言葉にしないまま、唇にキスはできないけど、キスしてみたいと思わされたから。


思わぬところで井上の気持ちを知って、自分の気持ちに気付いて。
夏休み、俺の隣にいるのが井上ならいいと思う。


「多分・・いや、好き・・なんだ。井上が・・だから俺と、付き合って下さい・・・」

「・・・はい・・・」






「そんなトコで何してんの?」

「げっ・・・水色!おま・・・何時からそこに居た!?」

「今・・あ、僕ね。啓吾に捕まっちゃったから鬼なの」


俺の頭上。にっこり笑って隣の個室から覗く水色にかなり焦った。
でも来たのは今らしいから、見られては無かったんだと一安心。

コイツ絶対ケータイ見てて隠れんの忘れてたな・・・

あと少しだけ二人で居たかったけど、真っ赤な井上の顔も可愛いなと思うから、俺は本気でキスしたくなってしまうだろう。
それに二人して顔が赤かったら、ここから出て行かれる筈も無い。水色に見つけて貰って良かったんだと素直に思う。

あたふたして先に出るねと言う井上の手を開放して、倣って俺も出る。
用具庫の外の意外な明るさに、伸びをし乍緊張していた肩を回した。


「ねぇ、一護」

「あ?」

「背中で良かったね・・こんなトコでファーストキスは可哀相だよ」

「なっ!!」

「恋愛開花おめでとう、一護!」


トイレを出るところで、ゲームの最後にされた爆弾投下。

やっぱり見てたな、コイツ・・・

俺の顔は耳まで熱くて、すっかり赤くなったのが解る。
見つけておいて良かったと恩着せがましく言う水色に、いつも水色の爆弾の威力には敵わねえなと負け惜しみ。


「だけど、僕の爆弾なんかでめげてられないでしょ?」


あの井上さんを彼女に持つんだから、と人畜無害な笑顔をして言う水色の視線の先には、さっき俺がキスした背中。
顔が赤い事で、啓吾達にやんや言われてるのが見える。


お前のお陰で開花して、
確かに今年の夏は楽しめそうだから・・・悔しいけど・・


礼は言うよ・・・



「サンキュな、水色・・・」




【れんあい開花】



End


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