STORY

□慈愛の法則
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「ねえ一兄・・・織姫ちゃんといつ結婚すんの?」

「・・・ぶはっ!・・っだよ急に!」

「汚いなあ・・・コーヒー吹き出さないでよ・・・」

「な・・・お前が変なこと言うからだろーが!」

「った・・ちょっとツバまで飛ばすな、もうっ!・・・って言うかさぁ、一兄もう9年だよ・・」


「・・・・・ああ・・知り合ってからな・・・でもまだ1ヶ月は学生だよ・・・」


一兄のこういうトコ好きだな・・・
所詮妹の言う事なのに、絶対にはぐらかさない。


織姫ちゃんと付き合い出してからの一兄は、微笑んだり眉間の皺を緩ませる事が多くなった。
毎日のようにからかう親父を、真っ赤になりながらもいつも本気で殴ってたけど・・・
遊子と二人、織姫ちゃんをお姉ちゃんに欲しいって言ったことには

『善処します』って答えてくれたんだ。


そういうところ、織姫ちゃんはきっともっと知ってるんだろうな・・・




【慈愛の法則】




一兄は、昨日大学を卒業して帰って来た。

お正月には学生生活も残すところあと3ヶ月って事で、こっちに帰って来る準備を始めてたけど。
実際は研修だ、急患だと言って直ぐに大学に戻って行った。

帰って来てくれるのは正直嬉しいけど、元の一兄の部屋は今私が使ってる。

昨日はソファーで寝てたけど・・ね、どうすんの一兄・・・




―――ピンポーン。


「あ、来た来た!いらっしゃーい!」

チャイムとほぼ同時に聞こえる遊子の声・・・遊子は本当に織姫ちゃんが好きらしい。
私も大好きだけど誰よりも早く出迎えるトコを見ると、遊子の気持ちは遥かに大きい気がする。

でも、一兄より早く行く事はねーし、いくら何でもそれは・・・

「遊子・・・トイレ掃除のブラシ・・持って出ることねーじゃん」

「えっ?・・・やだ、ごめんなさい!」

「いいからしまって来なって――」

私達のやり取りに、ぷっと一つ吹き出すと、途端にお腹を抱えて笑う織姫ちゃん。
仕草はあの頃と何も変わってないのに、幾分低く優しくなった声で。
約束より早く来てごめんなさいと謝られれば、女の私でもドキリとする。

いつか私もこんな風になれるのかな・・・で、一兄みたいな誠実な人だったら結婚したっていい・・


遊子にブラコンってよく言うけど、ホントは私もかなりブラコンだって最近分かった。
いつも欲しい言葉をくれて、安心させてくれるような、一兄みたいな人ってなかなかいない。

学校での私は頼られるばっかりだから。


「一兄ぃ!いい加減出て来なって!」

『・・・今行くよ!』


別に玄関先だけで話してるつもりはないし、今日は一兄の卒業祝いのパーティーだから。
別に織姫ちゃんを家に上げればいいだけなんだけど。


「早く――――――!」

『だ――!もう、待ってろ!』

なかなか出迎えに来ない一兄を催促する。
一兄もそんな非礼なヤツじゃ絶対ナイから。
それに何年経とうとも、この目の前にいる彼の恋人も、

一兄が迎えに来るまで、入って来ようとはしないから。


「顔赤いのなんて織姫ちゃん見慣れてるよ―――?」

『だ―――もぅ!バラすな!』


「え――!?黒崎くん大丈夫?」


バタンと目の前の扉が閉まると、体の横を勢いよく風が通り過ぎる。

あ・・・行っちゃった・・・。
今は礼儀なんて関係なくなっちゃったみたい。

別に一兄の顔が赤いのは、さっき私がからかったせいで。
って、からかったつもりもないけど・・・
熱とかあるワケじゃなくて・・・


・・・出た!早とちり・・・


最初はこの織姫ちゃんの妄想とか早とちりに何度も驚かされたけど。
これがホントの『可愛い女』って言われるんだなって最近思う。
ぶりっ子とかって作られたキャラじゃないし、何も飾らない。

一兄はクールさを作ってるとトコあるけど、内面はホラ・・・すぐ赤くなるから。

大好きな一兄に、憧れの女の子!なるほど、私の理想のカップルがココにいた!

でも、もうあの二人、私の事なんて見えてないよ。
ちょっと見てよアレ・・・

織姫ちゃんが心配して一兄の頬を包んで熱見てる・・
しかもこれじゃ分からないなんておでこくっつけ出したし・・・
当たり前だよ・・・元から熱なんて無いんだから・・・

はぁ〜・・やってらんないね。

ココで声でも掛けておく?
ありゃキスする10秒前ってトコだよ・・・

ぶっちゃけ見ちゃった事はあるし、それなりに免疫ついたけど。
そんな事は確実に誰もいないってトコでやって下さいよ・・・
だから言ってんじゃん、『いつ結婚すん(いつ出ていく)の?』って。

あー、こんな事考えてたら5秒前になっちゃった。ホラ、

5・・・

4・・・

3・・・

2・・・

1・・・

『あ゛―――――――!お父さん、トイレ詰まらせたぁ!!』

『ごめんよ、ユズ〜!でもいっぱいシた訳じゃなくてぇ〜』

『お兄ちゃん手伝って―――』


「だあぁぁぁぁぁ!もぅ!!」

二人で目を丸くして跳びはねる。
一兄は頭をゴシゴシ掻きながら、織姫ちゃんの肩を持ってそっと体を離した。

「一兄・・・災難だね・・・・」

「あ?って、くそっ!夏梨!オマエいつからそこにいた!!」

「さっきから」

「っ・・・・・」

舌打ちしながらトイレに駆けて行く一兄の後ろ姿が、意外に広い事に驚き乍も。
まぁ、護っていかなきゃならない人が、近いうちにもう一人増えるんだから当然かと。

そんな事を考えながら、私は一人取り残されて呆けてる織姫ちゃんに近づいた。

『携帯落としちゃっただけだよぉぉぉ』

『でも折角掃除したのに!!』

『ったく、うるせーよ!二人共!』

遠くで三人の漫才が聞こえる。
騒がしくて仕方ないけど、これにも早く慣れて欲しいのは本当で。

「こんな家だし、部屋もないから、一緒には暮らせないけど…」

一兄が神父の前で、織姫ちゃんへの愛を誓う時には。
私も二人の妹として慈しみを誓うから。


「家族としては歓迎するからね!」


すると織姫ちゃんは、大層嬉しかったみたいで。呆けてた顔を一瞬で変えて。

『娘として、姉として、黒崎家を慈しんでいくことを誓います』

って、何故か敬礼しながら答えてくれた。



お母さんみたいな満面の笑顔つきで――――――――。


End


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