STORY

□Heartのカタチの時間軸
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アイツに恋をしたのはいつだっけ?


窓の外、流れてく車のヘッドライトを眺めながら、ふとそんなことを思った。


ゲッ!!『恋した』とか思っちまったし!!
我ながら気持ちワリィ。

でも、きっとこんな気持ちワリィ事も考えられるようになったのは。

多分。


アイツのオカゲ…





【Heartカタチの時間軸】





「あ、井上!?ごめん!急患!!」


今日。というより今夜だけは。
あまりアテにならないシフトでも、泊まりになるコトは避けたくて。
滅多に出さない勤務変更届を手にしたのは、忘れもしない8月3日。


「予約の店にはちょっと遅れるって・・・」

『お店、キャンセルしておいたから大丈夫だよ!』


いつキャンセルしたんだと、問おうとした俺をアイツは先回りして。
一週間も前だよなんて、ケロっとした口調で言った携帯の向こう。

でも、ソレじゃ俺が申し訳無くて、ただただ頭が上がらなくて。
前に冗談で言っていた、アイツの欲しい物くらいは手に入れて帰ろうと思った。




『歳の数だけバラの花!昔、お兄ちゃんがプレゼントしてくれたの!』

『へえ。やっぱお前の兄貴はスゲーな…んでもさっ、今年はそしたら何本だ?』

『あ・・・ソレはイジワルですぞ。黒崎くん…』

『嘘だよ。今年も17本だろ?』


永遠の17歳なんてステキだねって言うアイツは出会った頃から変わらない。
当時の写真とか見たら、そりゃ大人っぽくなったとは思うけど。


あと変わったのは、髪の長さ。


昔、本当にいつだったか分からないけど、一度だけ妹の髪を編んだ事があった。
一人暮らししてた学生当時、久し振りにその妹たちに会ったら、前みたいに髪を編んでみたくなって。
長い髪の持ち主であるアイツに頼んでみたんだ。

もう少し長かったら、童話のラプンツェルみたいだなと褒めたときから、髪をもっと伸ばすようになって。
腰より少し上だった髪の長さは、今はシリまで。
そんな髪の手入れをしている姿を見ると、想われてるって実感が湧く。




そんな姿をもう毎日見ていたくって、今夜こそは人生を賭けた大勝負に出ようと思っていたのに。


急患だなんて。


別に急患を怒るワケじゃナイし、居るとも知らない神を恨むわけでもナイ。
そんな事したら、アイツに逆に俺の性格を疑われちまうから…

恨むとしたら俺の不甲斐無さ。
一人ひとりとしたら簡単な処置や手術で良かったものが、交通事故で何人も。
段取りが悪くて思ったより時間がかかってしまった。


サイズ直しに出していた永遠を誓う物も。
歳の数のバラの花も無い。


手にするものが何も無いまま、アイツの待つ家に帰るのは情けない事と思う。


でも、帰らなきゃならない。



“帰って来られそうデスか?ご飯イィッッパイ作ってしまったのです”
“あ、でも患者さんをしっかり治してあげて下さい”


処置が一通り終わって、携帯の電源を入れ直した途端入って来たメール。
1通目が自己中心とでも思ったのか、すぐに入れ直されてたメッセージ。

こういうトコも、アイツが変わらないトコ。

誕生日くらい我儘になってもいいと思うけど、それはどうもアイツ自身ができない事らしい。
でも、こういうアイツの性分がかなり俺を助けてる。
でなけりゃ、仕事の不定期な救命士の彼女なんてやってられない。

だからせめて、一緒に飯くらい食ってやりたいんだ。



反対車線のヘッドライトはスムーズに流れていくのに、此方は全く動かない。
窓の外、人類平等に与えられた“時間”という物を、運良く利用できているヤツが羨ましい。





「おかえり!黒崎くん!」

「おう…ただいま、井上」


30分くらいタクシーに揺られて帰った俺を、井上は笑顔で出迎えてくれる。
別に気にしないのに、ジャケットを俺から受け取るとハンガーに小奇麗に掛けてくれた。
確かにレストランに行く筈だったから、それは割と持っている服の中では高い方だけど。

井上の誕生日に、俺が至れり尽くせりなのはどうかと思った。


「井上、ワリィ。プレゼント用意できなかった。花屋も閉まっててさ」

「ううん。帰って来てくれただけで嬉しいよ。お腹空いたでしょ?食べよう」


食卓を見れば、今夜は井上の誕生日だっていうのに俺の好きな物ばかり。
明太子とチョコレートが並んでる姿はあまり見たく無かったけど。

井上の好物、アンコが何処にも載っていないテーブルを見たら、もう涙が出そうになった。


「井上ごめん!俺、何も出来なくて…」

「ちょ、ちょっ…顔上げてクダサイ黒崎くん!」

「だって、コレお前の誕生日なのに俺のスキなモンばっかだし…気ィ遣わしちまって」


井上は俺の顔を上げようと、必死になって下がった俺の肩を押し上げるけど。
俺はどうしていいか解らなかった。
正直、涙を見られたくナイ、そんな気持ちもあったと思う。


「でも、あたし。ほんとに黒崎くんが居てくれるだけで嬉しいんだよ」

「・・・・・」

「学生のときとか、黒崎くんが居ないのがすっごく寂しかったし…」


今はその時に比べたら全然だよ、と。
膝に置いてあった俺の手を握って、自分の頬へと持っていった。


そっか。


いつ恋をしたかなんて解らない。
コイツのこの利他愛ともいう深さが、どんどん俺の心に染み込んで。


この深さが沁みていく一つずつが“キッカケ”だったんだ。


「なあ。こんな俺でワリィけど…・・・俺と…結婚してくれねえか」

「えっ?」

「こんな時に指輪は用意できねえし、カッコワリィとは思うけど…今日言いてえって思ってた…」

「・・・・」

「今までも、これから先も…ずっと愛してる」

「ひっく・・・ふ…くろしゃき…く・・・」

「アッチに逝ってもゼッテェ変らねえ」

「くろさ・・・」


言葉にならなくて、うんうんと頷くだけの井上の背中に腕を回して。

流れる涙に唇を寄せて。


死んでも変わらねえって何度も呟く。




もしかしたら、人類平等に与えられた“時間”が。
人間にとっては最高の試練と、乗り越えなきゃいけねえ宿命なのかも。

時には二人を隔てて。
時には二人をくっつけて。


でも、井上となら。


井上となら乗り越えていける。



たとえ、この現世の時間軸から外れたとしても。



二人はずっと愛し、愛され。



愛を表すあのカタチにも。



ホラ。



終わりはナイだろ?



Fin



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