STORY

□Confidential Voice
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「ん?」


聞こえない振りをした。
その、可愛い声を耳許で聞きたかったから。


ごめんな…――


すんげぇ意地がワリィなって自分でも思うよ。昔だったら顔を赤くして終わりなんだけど。

――…あ?…別にイジメっ子ってワケじゃねぇよ。
ただ、声が聞きたいだけ。



夜、突然電話したくなっちまう時と同じ感覚。
寝そべって一人、月を見上げてる時と同じ感覚。



ただ違うのは…



ココにお前がいるというコト。





【Confidential Voice】





織姫の目が、一護を捉えて離さなかった。一護がチラリと横目を遣れば、明らかに拗ねている顔がある。
ただ、その表情を一護が分かっている事を知ってか知らずか、彼が仕事をしている傍らで、彼女の手によって香り良い液体が注がれていく。
一護はその香りだけで紅茶だと判断すると、カチャリとソーサーにカップが置かれた音を合図に、ありがとうと礼を言った。


書類を持ち帰るには許可が必要。ましてや、カルテを持ち出す事は非合法。
されど、小数精鋭の救命には残務整理を快く引き受けてくれるような者はおらず、休日出勤はざらにある。

本来は看護士が書く看護計画を、一護が医学書と向き合って書くのは筋違い。
しかし、配属されたのが二週間前ならば、そこに居たのはベテランの看護士達で、皆先輩。
日頃から、自分にとって環境の良い場所での縦社会にだけは、身分を弁えたいと思う一護が、これをやるのは当然と言えば当然の行動だった。
目つきの悪さも、髪色も咎められる事も無い、家族に負けないくらいの同僚達の理解の深さ。


今日は久し振りに病院を出る事が叶った。
この二週間、着替えは妹達に持って来て貰って一護は何とか過ごしてきた。
家に帰れないと思う、そんな感慨も、配属が決まった時点で棄て置いた。
だから別段何が辛いとも無かったが、病院を出た時の夏の日の眩しさが、彼には欝陶しく思えたのだった。


そんな日は彼女の許へ還ろう――


そう考えた。あくまで直感、あくまで本能。
一護は一度自宅に向いた身体を、踵を返す事で方向を変える。彼女が自室に居ようが居なかろうが関係無い。
居なければ貰った合い鍵を使うだけの事だ。



自宅に帰った方が、仕事は捗る。
ただ、そんな方程式が解らなくなるくらい一護は冷静さを欠いて部屋に来ていた。

会いたかった、ただ純粋にそれだけ。

しかし、そんな事が彼女に理解出来る筈も無い。買い物から自室に戻れば愛しい人の姿がそこにあった。
おかえりと抱きしめられ、何週間振りとも取れるキスをされれば、心が躍らない筈が無い。
買って来た材料で早急に夕飯を支度し、食べた後は二人で緩慢とも呼べる時間を過ごせるものと思っていた織姫。


されど現実はこれ。

紙の上をボールペンが走る音しか部屋には響かない。注がれた紅茶を啜る音すら無く、先程は発ってた湯気が今は陰を潜めている。
流石にこの状況に諦めを覚えた織姫は、一護に飲まれる事の無かった紅茶を持ってキッチンへと歩を進めた。

「やっぱ黒崎くんはコーヒーがいいよね?入れ直してくる」




織姫が部屋を後にしてから15分は経っていた。湯を沸かし直すにしても遅過ぎるだろう。
職業柄、時間の経過を体感できるようになっていた一護も、この状況に限界を感じていた。
織姫が最も恐れる孤独感を、彼女に与え過ぎてしまった自分を莫迦だと思い乍も、最後の一言を書き上げる。


カルテの残務整理は今日中に終わらせたかった。


あの、人一倍淋しがり屋なのに涙を堪える彼女を、明日一日中腕の中に拘束する為に。
明後日の二人の記念日には、また仕事で一緒には居られない。だから明日…――。
一護は最近運ばれて来た11名分の看護計画を、トントンと机上で角を合わせると、おもむろに立ち上がる。
一人泣いているだろう彼女を慰め、抱きしめにいく為に…――。


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