APPLAUSE

□君に読む物語
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自分のコーヒーを抽れるついでに、砂糖とミルクたっぷりの甘いカフェオレを注ぐ。
『あぁ、紅茶に苺ジャムの方が良かったかもしれないな…』などと思いつつ。
それでも淹れ直したりしないのは、確実に飲み干してくれる人が居るという……


絶対的な自信の為。


自分の淹れるものを、必ずおいしいと言って飲む彼女の好みも、最近やっと解ってきた。
でも、あの体調の変動はやっぱり辛そうで…なんて考えていたら。

勝手に自分の手が、別のグラスを出していた。

昨日買っておいたグレープフルーツのジュースを新たに注ぐ…
トクトクと小気味よい音が辺りを包んだ。



医者のくせに…こういう時期に何もできない事は情けない……

けれど、でも何もしないで居られる程、殊勝な人間でも無い……



ごめんな、すんげぇ我が儘で。




「根詰め過ぎだ…」


ベットの上。
半身を起こして雑誌を読む彼女の傍らに、カフェオレと酸っぱそうなジュースを置いて。

暗に『休め』と言ってみた。

まだ安定期にも入っていない、不安気な手に持たれるソレは育児雑誌で…
母親と呼べる人が居なかった彼女が、自分は母親になれるのかと、尻込みするのは当然で。


「ストレスになったら子供すら産めないだろ?織姫!」


雑誌をひょいと取り上げて、できるだけ…できるだけ明るい声で言ってみせる。
少し暗かった顔が、突然真っ赤に染まるのは…

多分、名前を呼んだから。


「たまには好きな本を読め」


でもそう言い乍、彼女にどんな本が好きかなんて、聞いた事が無かった事を今更気付いた。
多分、ファンタジーのようなものなら、彼女自身の想像した世界の方が面白いと思う。
だけど元より怖がりな彼女が、ホラーを好む筈も無く……

『なら、恋愛モノだろう』と一人、降って湧いた疑問に自己解決。

割と読書の好きな自分が所持する本の中に、それに適う物があったかと考えていたら。


「あ、あたし好きな本ってあまり無いんだよ…」

「・・・そうなのか?」

「う、うん。今、黒崎くんが言ってくれた『好きな本』は…」


そうだよ……
深い意味は無かったんだ。
普通に『読みたい本』って程度の意味だ……


「読みたい本は、あるんだけど…途中でアレコレ考えちゃうし…」

うん、知ってる。
オマエの頭ン中の方が楽しそうだよな……


「それでいつも読み終わらないし…」


嘘吐け……

どれだけかかっても最後まで読んでるだろ?
いつ出たのか分からないくらい古い本が、たまに枕元に置いてあるじゃねえか……


「でも恋愛小説なら、ちょっとだけでもそういう事が無くなると思って読んでみるんだけど…」


へぇ。やっぱり……

・・・って、

そういう事は今言うなっ!
顔赤くなったら抱きしめるにも、カッコよくいかなくなるだろ!!



ハラハラとか、ドキドキとか。

読んでて楽しいし、切なかったりするけど……
そんなコト、あたしはイッパイ黒崎くんとしてるもん!

出会って、不思議な力を貰って、冒険して!!

普通の恋愛小説以上のコトが身に起こってる!
恋愛プラスアドベンチャーのスゴーイ物語が、あたしにあったんだよ!!

コレって素敵なコトだよね!?




だから『好きな本なんて無い』…か……

俺にとってはスゲー嬉しい言葉なんだよな。あんだけ怖い思いもさせたのに……
でも俺ってケッコー単純だから、そー言われると、もっとイイ物語をって思っちゃうんだぜ?

知らないだろ?

まあ、今度子供も生まれるし…
これからも楽しい物語がオマエを待ってるって事は、本当だろうけどな……

だけど……

そこに居るってだけで、オマエの物語を楽しくさせちゃう子供には
俺も負けてらんねぇから……

絶対ぇ苦労すんのは解ってんだけど、

新たな戦いの物語を



提供させて貰わないとな……




【君に読む物語】

End



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