「もう駄目なんだよサファイア僕たちは、駄目なんだ」

 透き渡った聞きたくない声が響く。そんな声に自分の鼓膜は揺れてしまったのか、完全なる細胞で組み上げられた自分の人より優れた三半規管を怨めしく思ったのは、これが初めてだろう。何て言ったん?認めたくない、認めたくないだからつまりそれでところがなにがどうした。震える声を掠める喉から必死に放り投げた。いつもはやかましいと言われる声が酷く小さく震えているこれなーんだ。答えは恐怖と嫌悪と現実逃避。答えは分かっている。答えは認められない。

 綺麗に装飾されたドレスの裾がひらりと可憐に靡いた。まずどうしたここでなにがあったかんけつにかんけつに!脳の司令塔はピサの斜塔。所詮傾いたそれは何の役割も果たさない。静粛に静粛に!脳内でがんがんに響くフルボイスと鉄槌に脳内ががんがんと侵食される。

「何て、言ったん」
「…そのままの意味、だよ」
「わけわからん、何で?何でそんなことば言うん?」

 ががんごんごんががんごんごん簡潔に簡潔に静粛に静粛に現実逃避現実逃避!

「ごめん、好きだよサファイア好きだよ」
「知っとる」
「ごめん、嫌いだサファイア嫌いだ」
「さっき聞いた」
「どっちもなのさサファイア、大好きだ大好きなんだ。だからこそ嫌いになってしまうのが」

 恐ろしい。ずきり、額が痛んだ気がした。分からない自分には目の前にいる男のような傷は額に無いのだけれど痛い痛い、まるで傷が移ったように痛い。ドレスの裾に沼の黒が乗り移った気がした。
今すぐに。そうは言えないもどかしさがもどかしい。どうして、なんだ。今すぐにこの埋め尽くす黒から救って抱き締めてキスして、

「ね、ルビー」
「……」
「今すぐ、  」



(080728.紅藍/今すぐ、)


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