「ねぇお願い…キスして…?」

 此処で嫌だと断った者がいたら俺は称賛しまくるだろうそいつを。そして男じゃないと罵倒しまくるだろうそいつを。今の心境はまさにそれだった、前に彼女が可愛いんだぁなどとミッション中にも関わらずノロケて来た先輩の気持ちが痛いくらいに分かった。
俺の頬をいやらしく撫で空いた手で俺の胸を弄りながらそう告げる幼馴染みの姿は同僚に見せられたとても人には見せられないDVDと物凄く被っている寧ろ、その上を行っていたのでそれだけでもう俺はヒートアップした。我ながら簡単な男だ。
我慢ならない、そう感じて押し倒した瞬間に背中に激痛が走る。その瞬間に先ほどの光景は消えていて朝の日差しががうっすらと開いた目に入って来た。眩しい。体を起こしたらベッドから落ちたらしい、ということはさっきの映像はどうやら夢だったようだ。
眉を顰めながら前を見たらお玉を持った姉の姿が目に入る。軽く視線を俺の股間へやれば朝から元気なこと、とだけ吐き捨てるように言って部屋を後にした。何なんだと流れるように股間へと目をやれば成る程、可愛い俺の息子は朝から元気である。

 盛る股間を何とか宥め軽く朝食を済ませばフライゴンに又借り待ち合わせの場所へと急ぐ。今日は有給を取っている日なのだが、そのくせ何もすることが無かったので幼馴染みの化学製品の仕入れに付き合うことにしたのだ。
相変わらず速いフライゴンから軽く酔いながらも降り、滅茶苦茶になった髪を整えながら幼馴染みを待っていれば直ぐにその姿は現れた。何時も着ている作業服とは違うも短いスカートが目に入った瞬間、風よ吹けと念じただろう。いや念じた。
平日の午前の終わりのためか少ない客の中でがつがつと階段を上っていく目の前の、いや目の上の女は勇ましい。ふとスカートに目をやればスカートの中の赤地に黒のレースがついた物が見えてしまってその場に卒倒しそうになった。そして下がそれということは上もそれか、と想像した瞬間余計に卒倒しそうになった。馬鹿である。

 沢山の事柄、大体が俺の心臓が破裂しそうになっただけで終わり何事も無く解散することになる。
いっそのこと追い掛け抱き締め愛を囁くと言った行為が出来ればと何回も考えたことはある、もそれは所詮考えのみだ。実行に移したらきっと嫌われる、と考えた瞬間俺の心臓はこれ以上無いほどに強く痛む。

 しかしそんな日があれば珍しく俺の腕に自分の腕を絡ませて来て第一宇宙速度が√(gR)でg=9.8m/s2,R=6.4×10^6mを代入したら秒速8qだだなんて笑いながら言うこともあるのだが、そんなもの俺には笑顔が素敵ですねそれより腕が胸に当たってますよ柔らかくて気持ちが良いですとしか返しようが無い。
どうでも良いから出会う度に化学反応がどうとか光X放射線が分子を通すようになったやら言われて必死に話を合わす俺の身にもなってくれといっそのこと泣いてすがりたくなる。そして余談ではあるが腕が胸に当たってると言った瞬間に股間を蹴られた。今日もいつも通り朝までは元気だったのに一気に萎えた。それよりもとにかく痛い。

 ある日珍しく幼馴染みが白衣を羽織っているというのに実験もせず、また珍しく泣きじゃくっているのを発見したので俺はどうすれば良いのか分からなかったから取り敢えず抱き締めてやった。
そうしたら何とか泣き止むもいきなり円柱周りの複素速度ポテンシャルのジューコフスキー変換が出来ないと俺の胸の中で打ち明け出す始末。そんなこと言われてもちんぷんかんぷんなのだが、追い討ちを掛けるように腕の中の幼馴染みは続ける。
あのね、W(ζ)=U・exp(−iα)・ζ+Ua^2・exp(iα)/ζ−i・Г・ln(ζ/a)/2Πって式があるの。これが問題ね。そこにU=1,α=Π/4,a=2としてこれを代入するのよ、此処までは分かるでしょ?と嗚咽を漏らしながら言うが、すまん分からん。
しかしそんな俺の胸中を知ってか知らずかW(ζ)=exp(−i・Π/4)・ζ+4・exp(−i・Π/4)/ζ−i・Г・ln(ζ/2)/2Πになるでしょだけど此処からジューコフスキー変換がどうしても出来なくてやら云々、悪いが俺はジューコフスキー変換の意味すら知らない。犬の餌の名前か。
ζ=ζ+4/ζをζについて解き代入して虚部をとってΨを決定しようとしたんだけど逆に複雑になっちゃって。おずおずと背中に手を回しながら小さな声で呟くように告げるのは良いが、今俺に分かることは俺の背中に手を回すことで胸が当たりその胸が極上に柔らかいと言うことだけだった。悪く思うな。

 そんなことが続く中でふと俺は考える。マゼンタは一体化学式や数式やらと俺とだったら、どちらを選ぶのだろうかと。
尤も俺たちは付き合ってなどいないしただの幼馴染みという関係なのだが、やはり気になるか気にならないかと問われたらそりゃもう第一宇宙速度だったか、あれくらいの速度で気になると答えるだろう。
大体俺も俺で以前喧嘩をしたときにあたしと胸どっちを取るのよ!と怒鳴られ迷わず胸と答えたら凄まじいビンタが飛んできた、ことはある。あのあと赤い手形が残りたまたまその日だったレンジャースクールの一日先生恐怖の質問攻めコーナーでその手形はどうしたんですか、と生徒の半数には聞かれた気がする。愛の形なんです、と答えたらレンジャーさんはマゾなんですかとの質問が返って来た。残念ながら全く持ってその通りだ。

 しかし今、マゼンタについてじっくりと考えてみたらあることが分かった。マゼンタのことを考える度にこう、心臓の辺りや下半身の辺りがきゅっと締め付けられるようになるのだ。生憎、俺にはこの気持ちが分からない。
照れたような仕草や間が悪くなったらイヤリングを弄る癖、俺が風邪を拗らせた時にずっと付きっきりで看病していた時の様々な表情、実験時になる真剣な表情、笑ったときに出来る小さな笑窪、不可抗力で押し倒してしまったときの真っ赤な顔、何よりあの優しい淡いマゼンタ色の瞳が俺は、一体何なんだろうかどう思っているのだろうか。
考える度にこの感情を表す言葉が分からなくて泣きそうになるのだ。この綺麗な清流のような想いを、誰かに汲んで欲しい。出来れば、大好きな大好きなあの色の幼馴染みに。

 いつか叶って、この心臓と下半身の痛みが消えれば良いと思う。



(080728.思春期ムラサキ→マゼンタ/下半身の、心臓の痛みは、)


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