駄文庫(短編)
□敵がいなけりゃ
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タイミングさえつかめれば、金魚をすくうことは大して難しくなかった。
キラはと思って見てみると、どうにもワンテンポ遅く、金魚はキラの突っ込む網をするりとかわし、水面を揺らしてゆくばかりだった。
自分が冷静にすくっていくのをチラチラと気にしながら、次第にキラの顔には焦りが見え始め、最後には網を放り投げた。
その時のキラの悔しそうに涙を浮かべる姿を思い出し、軽く笑いがこみ上げた。
「…何をするのも、アスランの方がよく出来てさ」
―― そうだったろうか。自分はあまり覚えていないが。
「君は僕にとって、一番の敵だった」
予想もしなかったキラの言葉に、アスランはハっと顔を上げた。
対するキラはとても落ち着いた表情で、アスランを見つめている。
「て…き……って…。」
「そう、敵」
「敵」という言葉に、自分を叱咤したかつての婚約者の言葉が鮮烈に蘇る。
『敵だというのなら私を討ちますか? ザフトのアスラン・ザラ』
「敵だから」という言葉に囚われ、身動きの出来なかった無知な自分が一瞬にしてフラッシュバックする。
キラが「地球連合」にいるから、自分はザフトにいるから。
コーディネイターとナチュラルは争っているから。
たったの一文字にどれだけの間苦しんだのだろう。
「僕もさ、アスランは敵だからってずっと思ってた。
でもさ、敵って、必ずしも討たなきゃならない存在ではないと思うんだ」
「…どういう事だ?」
キラの言う意味が全く分からなくて、アスランは語尾を濁す。
「敵ってあくまでそういう言葉を当てはめただけなんだけど、普段でもよく使うじゃない。
ほら、体育の時間とか、敵と味方のチームに分かれるってヤツ。 あれって、別に相手を殺そうとかしてないでしょ?そりゃ戦争とは違うから当たり前なんだけど。
でもルールがある。」
以前、砂漠の虎・バルトフェルドに言われた。
『戦争には制限時間も得点もない――スポーツやゲームみたいにはね。そうだろう?』
『ならどうやって勝ち負けを決める? どこで終わりにすればいい?』
『敵である者をすべて滅ぼして……かね?』
「とても小さな事なんだけどね。
僕、アスランにいっぱい助けてもらって、ホント、ゲームでもなんでもアスランの方が上手いし…。
でもそれが僕には自慢だったし、僕もアスランみたいになりたいって思った。
“好敵手”って感じ? 全然敵わないけど」
苦笑しながら、そうキラは言う。
――意外だった。
確かに自分は学校の成績もキラより良かったかもしれない。
しかし本当はキラがいることで救われた事の多さに、「キラには敵わない」と思う。