駄文庫(短編)

□SS
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【傷心】



投げたボールはどこへ行った?





地球が引きつけて放さないその力を受けて。
木霊する衝突音はこの空間に自分以外の誰も居ないからか、煩いほど耳にこびりついて鼓膜を震わせ麻痺させる。
逃れようと舞い上がるも、力尽き地面を転がるその先には何も無く。
その身を焦がしては輝く光は遥か彼方、昼間にこの目に映ったはずの蒼は次第に空気中へ散乱し、隠していた茜をさらけ出した。

足を通じてカラダへと。
まるで、いつだったか誰かが自分に鳴らした警鐘のように響く音が伝わらなくなったのに気がついて、ふと顔を上げる。
受け止められることも、通じることもなかったボールは行き先を見失い転がり続け、それを他人事のように目だけで追った。

―まるで、僕のようだ。

知らなかったのは自分だけ。
忠告はやがて自分を打ちのめす武器となって思い切り背中を穿った。

直線をひたすら辿るボール、開けたままの扉から鈍く反射する床を黒く染め上げ、ひとすじの風が吹き込んだ。
ボールは運動エネルギーを奪われ、伸びる漆黒に吸い込まれる。
見えない波は自分をすり抜け、どんなに手を伸ばしても届かないほど上へ、上へと引き上げられた網をいとも捕らえて揺さぶった。

「キラ、もう下校時刻だよ。先生が見回り始めてる」

自分の手には大きすぎるそのボールは彼の手のひらに馴染むように納まり、吸い付くように離れては戻り一定のリズムを刻んでバウンドする。
煩いだけでしかないはずのその音は、扱う人間の違いだけでこんなにも心地よく奏でられるものなのか。

「帰ろう?」

眩しすぎて直視の出来ないそのカオは、笑っているのか、それとも。
自分とは目を合わせようとしない彼は横を通り過ぎ、両手を添えて構えると無造作に投げ込まれた中のひとつに器用に紛れ込ませた。

「ナイスシュート」

ぐわんぐわんと鳴り響くゴールの声援がじわじわと胸を締め付け、思わず振り返る。
声援なんて、ただの同情や憐れみしかなかったというのに。

「…なんで君が、泣いてるの」

閉じ込めて、二度と出てくることのないように。
錆びた鉄が、軋みながらも重々しく立ちはだかる。

「キラが泣いてるから」
「僕、泣いてないよ」
「じゃあ、“泣いてた”」

僕を捕らえて放さないその手に、そのカオに、その存在に。

「俺が、傍にいるから」


肩に置かれた重みを振り払えなかったのは、単に面倒くさかっただけだ。
唇を掠めた温かさを拒絶しなかったのは、空っぽの心が見逃しただけだ。





何も見えない、聞こえなかっただけだ。




【END】
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