駄文庫(短編)

□Little Flower
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* * *



数日振りに訪れた家はなんら変わりなく。
チャイムを鳴らせばキラの母親がにっこり笑いかけドアの中へと招いた。

「いらっしゃい、アスランくん。
 すごい久しぶりな気がするんだけど」
「まあ数週間ぶりですから。キラいますか?」
「部屋にいるはずよ」

「時間があったら宿題みてやってちょうだい」なんて、いつもの調子でリビングへ消えるのを見送って階段を上がった。
しん、と静まり返った廊下に、いつもならゲームの音が聞こえてくるはずのそれがないことに疑問を覚える。

一番奥の部屋。
コンコンと軽くノックをするが返事はなく、ドアのノブを回すと鍵も掛けられていないようだ、遠慮なしに開けると廊下の明るさと対比して中は真っ暗だった。

「キラ、寝てるのか?」

そっと足を踏み入れるが部屋の主からは依然として返事がない。
もし眠っているのなら悪いとは思いながらも、部屋の電気を探り当て付けようと手を伸ばした。

「―何の用?」

ごそり、物音の先にはベッド。
暗闇に漸く目が慣れてきた頃、制服のシャツをぐしゃぐしゃにしたキラがいた。

あれだけ毎日のように互いの家を行き来していたはずが、あの日、キラが所謂“別れ”を告げた日からそれはぱたりと途絶えていた。
はっきりは見えないが、心なしか目元が赤く腫れているようだ。

「泣いて、たのか?」
「―出てってよ」

一歩、近づこうと踏み出したのを一言で制される。
聞いたこともない、彼の低く掠れた声に心臓ががっしりと締め付けられ喉の奥がぐっと詰まった。
外せない視線の先には自分を睨みつける揺れる瞳。
指先ひとつすら動かせず立ち尽くす俺に勢いよく、キラの手元にあったクッションが投げられた。
元が軽いクッションだ、思い切って投げた割にそれはあまり加速せず、最後には頼りなく俺の胸元にぶつかって落ちる。
はっきりとした拒絶。キスをした時も、決して拒むことをしなかったキラからの初めての抵抗。
目の前にいるのに、まるで透明の分厚い壁で隔てられたようだ。手を伸ばせばすぐに届きそうなのに、伸ばせば伸ばした分だけどんどんと距離が広がってゆきそうな錯覚を覚える。
霞んでゆくキラの姿。
向けられる鋭い眼光に怯みそうになるのを堪え、ふらつく足を何とか踏み留めて唇を噛んだ。
口先だけで逸らしてきた今まででは到底何も返せそうにない。



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