駄文庫(短編)
□Little Flower
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違う、返したいんじゃない。ましてや取り戻したいのでもない。
伝えたいことがあるからここに来たんじゃなかったのか、俺。
取り繕うとか、そんな余計なことする為にここに突っ立ってるわけじゃないんだ。
「―ふざ、ける、な、よ」
腹の底から搾り出した声は、苦し紛れで、けれどそれが精一杯の虚勢。途端、ぽろりとつっかえていたものがついて出た。
堰を切ったように体の奥底から呻きにも似た嗚咽が堪えきれず溢れる。
足元に転がったクッションに、パタタ、と滴が落ちては染みた。
“アスランの中に僕なんて、昔からこれっぽちもいないじゃないか”
ただ隣にいただけのやつに、何が分かるっていうんだ。
何も分かっちゃいないよ、おまえなんか。
そして俺だって、何も分かっちゃいなかったんだ。
「これっぽちもいない、なんて。何をどう見て言ってるんだ」
これまでたかが十数年の人生だ。
振り返れば浮かんでくるものなんて、これから生きてゆくであろう時間を思えば短いもの。
思い出せるもの全てひっくり返して、手探りで取り出したそれに映るのはいつも同じ人間だ。
「俺の今まで、キラしか、いないんだ」
両親も、学校の友人も、たくさんの人間がいるけれど。
目を閉じて真っ先に浮かぶのは、キラの笑顔だけなんだ。
「キラばっかりなんだよ。呆れる、くらい」
ただ隣にいること、そんな当たり前のことが当たり前じゃなくなることがある。
許していると思っていた場所は、本当は許されていた場所で。
与えていると思っていたものは、与えられていたものだったのに。
親友だとか恋人だとか、そんなもの、いつ始まったのかなんて重要なことではなかった。
始まりがあるとすればそれは、出会ったあの日だ。
あの日からきっと俺は、彼の一番近くにいられる場所を欲しがった。
キラに新しい友達が出来る度に心のどこかで焦って、無意識下で決して自分の位置を譲ろうとしなかった。
簡単な事だったんだ。自分の感情の奥底で深く根付いていた思いは言葉で表せば、彼が涙を流した時間に到底及ばないほど単純明快な一言だったのに。
「ごめん。
―好きなんだ、キラのことが。
ずっと、ずっと、好きなんだ」
なんの咎めも了承もなしに進んでしまった関係に理由が欲しかったんだ。
近くにいすぎて、触れることで壊れるものがあるのを無意識に恐がった。