駄文庫(短編)

□恋のサマーセッション
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「好きです」

顔を真っ赤に染め俯き、聞き取るのもやっとの震えた声。
下校時刻を告げるチャイムが真っ白になった頭に、どこか他所事のように鳴り響いた。






* * *



連日繰り返される学校祭の打ち合わせ。8月も中旬を過ぎ、いよいよ大詰めだ。
アスランは追いかける怒鳴り声から逃げ出すように生徒会室を背にして階段を駆け下り、ふと昇降口で目に入った、見慣れた人影に声を掛けた。
夏休み中だから生徒の数こそ少ないものの、夏期講習に参加している生徒は結構いる。
午後の講習が終わってかなり経つが、図書館に残って課題をやる者も多い。彼もその一人だろう。
彼とは特に親しいというわけでもなかったが、共通の友人を通して昼食を共にしたりすることが割とよくある。
印象としてはくるくる表情の変わる幼い少年、いや、特筆すべきはあの口煩い生徒会長を唯一黙らせる類稀なる人間、これだろう。
恐らくは自分を追って怒鳴り込んでくるであろう生徒会長の声がだんだんと近づいてくるのにこれ幸いと声を掛けたのだが、何やら相手は自分の姿を認めるや否や「あー…うー…」と少々慌てた様子で視線を泳がせ、バタバタと次第に大きくなる足音にびくりと肩を震わせたかと思うとぐいっと自分の腕を掴んで走り出した。

彼の採る行動に思考がついてゆかず成すがまま引っ張られていたが、このまま裏門から逃げて電車に乗り携帯の電源さえ切ってしまえば生徒会長を振る切れると読み、逆に彼の手を引くように走った。
何故なら生徒会長は毎日正門前で黒塗りの高級車の送り迎えがあるからだ。

伝統校故、都市部にしては広い敷地を対角線上に横切って、後ろから追いかける声が聞こえなくなったのに安心して振り返ると、半分目を回しながら引っ張られている彼が揺れる視界に捉えられて慌てて立ち止まる。

しまった、つい自分のペースで走ってしまった。

「わ、悪い。大丈夫か?」
「っあ…う…ん…」

反射的に「大丈夫か」と問うものの、目の前の彼はどう見ても大丈夫ではない。
肩で激しく息継ぎを繰り返し、時折苦しそうにむせる。
その姿にぎょっとして背負っていたデイバッグを降ろしてやり、軽く背を撫でてやる。

暫くすると次第に呼吸は本来のリズムを取り戻し、「も、大丈夫」とか細い声で答えた。
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