駄文庫(短編)
□シークレット・シークレット
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“本当のキミを 知りたいの”
* * *
『こちらではカウントダウンに向けて益々街のイルミネーションが鮮やかになり、広場ではイベントも始まって―…』
暫しの休憩にとフロアのコーナーに来てみれば、街の様子を伝えるニュースが流れている。
12月31日、年末ギリギリまで目まぐるしく回り続けた社内も、漸くその動きを穏やかなものへ変え、終焉の時を迎えようとしていた。
タンブラーに熱々のコーヒーを注ぎ、たっぷりの砂糖とミルクを放り込む。
真っ白な円を描き、ブラックからキャメルへと色を変えたそれは、20歳を越えた男性が飲むようなものではなくなっている。
はあ、と大きな溜息をつき、騒がしい音声ばかりが漏れるモニターの下に腰掛ける。
目の前を走る廊下には、すっかり帰り支度が整い、モニターの映像で確認できる雪のちらつきに寒さを懸念して、コートを着込む社員が行き交う。
(1年間、ご苦労サマ)
名前はおろか、顔すら知らない社員たちだが、自分の与り知らないところで何かしらお世話になっているはず。
だから心の中でこっそり労いの言葉を掛けてみるが、正直今の自分に対して言ってやりたい気がする。
こくりと、これからまだ続く残業の為に糖分補給とばかりに飲み込んだ。
「あらキラ、お疲れさま。まだ仕事なの?」
背後から聞き慣れた声がして振り返れば、学生時代から仲の良い友人であり、秘書課に勤めるフレイが立っていた。
鮮やかな深紅に黒いファーが襟元にあしらわれた豪奢なコートが目を引く。
「うん、情報管理課は毎年一人だけ生贄がいるの。
今年は僕」
「やあだ、なにそれ。
しかも何でよりによってキラなのよ」
「くじ引きで負けたから」
年末だから稼動していない課もある為に人員はそこまで揃えなくても凌げるが、万が一を考えて、社内のシステムを管轄している情報管理課は必ず一人配置している。
当然そんな生贄ともいえる係は、全員嫌がる。
誰だって年末はゆっくりしたい。早く帰りたい。
だから毎年、古典的な方法でくじ引きをして決めている。
昨年は何とか難を逃れたが、数分の一の確率で今年は見事に引き当ててしまったのだ。
「フレイはこれからデート?」
「ええ、サイとディナーなの」
サイとはフレイの恋人であり婚約者。違う会社に勤めているが、彼も学生時代からの友人だ。
当時から仲睦まじい二人は、来年にでも結婚するのではないだろうか。
最近、サイからそんなようなことをよく耳にする。
「いいね、楽しんできてね」
「キラも、早く帰りなさいよ?実家に戻るんじゃないの?」
「そんなの、くじ引き当たった時点で諦めちゃったよ。
全社員が帰れば、僕も家には帰るよ」
「それ、一体何時になるのよ…」
フレイは呆れ顔を見せるが、苦笑で返すしかない。
「ほら、早く行かないと間に合わないんじゃないの?
外雪降ってるし、混雑してるだろうから」
「やだ、本当!
じゃあキラ、今年もありがとう。来年もよろしくね」
「僕こそ、ありがとう。来年もよろしく」
慌てて駆けて行くフレイの後姿を見送って、キラはまた、自分の持ち場へと戻っていった。