駄文庫(短編)
□ハピネス
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「―え?」
あまりに唐突な先生の言葉にシンは耳を疑った。
「あら、キラくんから聞いてなかったかしら?
てっきり言ってるものだと思ってたのだけど…」
シンが寝耳に水、といったように目を丸くした固まった様を見てマリューは首を傾げつつも話を続ける。
「本当は高校卒業後は就職するつもりだったらしいのだけど、せっかく成績も良かったから勿体無いと思って。
最初は拒んでいたのだけど、説得したらやっと応じてくれてね。
特待生として学費もかなり免除されて、寮も完備された大学に通うことになったのよ」
キラが高校を卒業することは知っていた。
キラとシンは同じ、学費のかからないパブリックスクールに通っている。
自分は1年下で、来年からは3年生。当然1歳上のキラは別にサボったりも成績が悪いわけでもなさそうだったから卒業となるだろう。
先輩たちのほとんどは、推薦試験でも受けない限りまだ受験を目前に控えた、鎬の削りあいの時期だ。
そんな中キラはというと確かに院に帰ってくる時間も遅く、シンとはすれ違う日が多かった。
けれどもマリューの言う通り、以前から卒業後は「就職する」なんて聞いていたからてっきりずっと就職活動をしているのかと思っていたのだが。
「学校の先生からもぜひ進学させてやって欲しいって言われててね。
キラくん、プログラミングの道に進みたいのを我慢してたと思うの。
でも良かったわ。探せばいくらでも方法はあるものね」
長年の教え子が思う道へ進めることが純粋に嬉しいのだろう、マリューはふふ、と穏やかに笑う。
言うなればこれは、我が子の巣立ちなのだ。
そんな彼女を見ながらシンはどこか釈然としない、いや、何だかとてつもなく暗い、重たい気持ちになる。
「シンくんも寂しくなると思うけど…」
「別に」
これ以上は聞いていられない。
マリューの言葉を遮って、シンは寝室へと足早に去っていった。