『Alive Live Love』 -- Preview --


* * *




車の通りも少ない歩道をゆけば、一年ほど前に溺れそうになった女の子と一緒に流されそうになった川が見えてくる。

ここ数日は晴れていたし、流れも穏やかだ。

通い慣れた病院から自宅までは、この川に架かる橋を渡らなければならない。いつも通り、てくてくと歩いて橋に差し掛かるところで、ふと、橋の真ん中辺りから、その下を流れる川を覗き込んでいる少年が目に入った。

見たことのない制服に身を包んでいる。鉄紺色の学生服は、この辺りの学校のものではない。
川風にさらさらと鳶色の髪が揺らされ、時折覗くことの出来る横顔から伺える年は、自分と同じくらいか、少し下くらいだろうか。痩躯な印象を受ける為に、幼さが増しているような気もする。
ぼんやりとその様子を映しながら、少しだけ傷跡の残る左腕が目に入ると、急激にアスランの意識は冴え渡り、すらりと立つその少年に目が釘付けになった。

(この辺りでは見ない制服、そしてぼんやり川を眺めているって、それってまさか…)

メディアの産物とはいえ、アスランの中で様々な情報が集約され、答えを導き出そうとしている。
見知らぬ土地へ赴き、誰にも知られずにその一生を終えようとする。
今、目の前にいる少年もまた、同じ末路を辿ろうとしているのではないだろうか。
そう仮定すれば、途端に心臓がどくどくと走り出し、包帯が解かれたばかりの手をぎゅっと握る。じわりと汗が滲み出て、焦り出す気持ちを抑えるように、固唾を飲んだ。
何も起こらないように、自分の思いこみであるように、そろりとその少年の後ろを踏みしめて進む。すれ違いざまに見せられる背中は、制服越しでもやはり華奢で、それが益々アスランの不安を煽る。
一歩一歩、距離が離れるにつれて、わざとらしくも視線は後ろへと向かう。もう数メートルで橋を渡り終える、そんな時、事は起こった。

(う、わ…)

やはり自分は、そういう生まれにあるのか。
まるで吸い込まれるように、少年の体が橋に乗り上げ、くるりと、そのまま下へと流れてゆく。



* * *



「そう、アスラン。俺の名前」

返ってきた言葉に、続く会話を感じたアスランは、まるで小さな子どもに言い聞かせるように、そう穏やかに告げて笑いかけると、少年もまた、ふっと、笑った。

「きみは?」
「僕?」
「きみの、名前は」

町の人間だろうか、こんな誰も来ないような、城では近寄るなとさえ言いつけられている場所に、一人。
しかももう日も暮れる時刻だろう。暫くすれば、城で宵を告げる鐘が鳴らされる。

「神に、愛された子=v
「え?」

名前とも言い難い返答にアスランが聞き返せば、少年は繰り返す。

「神に愛された子≠チて、そう、呼ばれてる」

なんだろう、神官見習いの子どもの一人だろうか。
生まれた時刻、場所すべてで選定され、神に仕えるべく育てられ、一生を神殿の中で過ごす、聖なる子ども。
だが、そんな子どもがこのような無人の場所へ一人でやってくるとは考えにくい。彼らは時期皇位継承者である自分よりも厚い警護で守られているし、何人かは顔を合わせたこともある。
彼のような容貌は、見た事がない。
もしかして、最近問題となっているという、国教の分派から成る勢力の、鑑となる人物なのだろうか。
万が一、国政を揺るがすような分派組織であるとすれば、名前だけでも知っておく必要がある。
まともに答えてもらえるとも限らないが、アスランは問い質した。

「それは、いわゆる尊称だろう?名前は?」
「ないよ」

名乗らないつもりか、そう勘繰りたくもなったが、少年から向けられる至高の宝を思わせる透き通った瞳に、自分のその猜疑心を見透かされているようで、毒気を抜かれてしまった。

「名前、ないのか」
「うん」

こっくりと頷くものだから、アスランは「そうか」と返すしかない。
なぜこのようなところにいるのか。一人なのか。いつもここに来ているのか。何の為に。
訊きたいことは山ほど浮かんでくるが、咄嗟にアスランが口にしたのは、それらとはまったく違うものだった。

「だったら、俺が名前をつけてもいいか?」

名を与えることは、国政においても非常に重要な意味を持つ。それは自分に配下に置くことであったり、所属を記すものであったりする。
だが、そんな俗世の利権にまみれた事情ではなく、単純に、彼を呼ぶ名前が欲しいと思った。
神に愛された子≠ナは、呼びにくい。

「名前、くれるの?」
「ああ」

彼の名前なのだから彼が決めてもいいのかもしれないが、自分の申し出に少年は嬉しそうに笑って、「どんな名前?」と待ちきれない様子だ。
アスランが少年を見つめて暫く考えていれば、ふと、その瞳に目が止まった。



* * *


2009年11月1日 COMIC CITY SPARK4にて頒布予定。

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