短編小説

□眼差しの奥、何を思う
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 全てはお前の為だという思いをひた隠しにしていた。






 刃が交差した瞬間、己の握る剣に確かな手応えを感じた。
 背後で血しぶきが盛大に吹き上がる音と共に地面に倒れる肉の音。それを鼓膜でしっかりと聞き届けてから高杉はゆっくりと背後を振り返る。
 そこには砂埃を巻き上げながら地面に倒れる銀色の姿。胸部を中心に紅の血だまりを作り上げるその姿にチクリと高杉の傷だらけの胸が痛んだ。
 構えた刀を下ろし背後で横たわる銀時にゆっくりとした動作で歩み寄る。彼の傍らに寄れば砂を握る右手が少し離れて転がる木刀を掴もうと懸命に伸ばされている姿がまた胸を痛ませる。
 高杉はそんな銀時の精一杯の努力を打ち消すようにして木刀を拾い上げると今度は彼の手の届かない方へと投げ捨てた。
 それに口端から血を滴らせる銀時は絶望した顔で呆然と高杉を見上げた。
 高杉はそんな銀時に端正な顔にクスリと一笑を浮かべてみせる。その表情は普段から自分が周囲に見せる歪な笑みではない。愛おしむような。例えるならば花を愛でるような穏やかな顔つきだ。
 銀時は見慣れないその笑顔に一瞬戸惑う様子で眉を寄せた。
 しかし次の瞬間には目を見開き、苦しげに吐血した。ヒューヒューと喉からせり上がる苦悶の息遣いは胸の痛みを懸命に耐えるようにか細い。確かに大きく呼吸を繰り返せば傷の痛みも酷くなるだろう。
 高杉がそんな事をぼんやりと頭で思っていた。そして次に思考が導き出したのは銀時の生死。このまま放置すれば確実に銀時は死ぬだろう。幾ら強靭な肉体を持つ彼でもこの夥しい量の出血。更に急所を狙って斬ったのは自分なのだ。その手応えを感じた今、早急に治療をしなければ本当に死ぬ。
 それでも、高杉には銀時に歩み寄る死に確かな実感は湧かなかった。
 銀時は自分と背中合わせで戦う以前から強い。剣の腕も、肉体も、精神も。全てに置いて自分よりも遥かに凌駕する能力を有している。
 だから、銀時がこんな事で死ぬわけがないと思う自分がいた。その自分が目の前の光景を眺めながらも思う。そんな自分が酷く馬鹿馬鹿しく思えてならなかった。
 高杉はその場で膝を折り銀時のか細い呼吸が聞こえる位置まで顔を近づける。足元に転がる銀時は何かを言いたそうに血で真っ赤に染まった歯列をこじ開け何度も口を開閉させる。その姿がまた胸にすきま風のように切ない思いを吹き付けてくる。
 その思いに突き動かされたように手が動き、銀時の蒼白な頬に優しく触れた。慈しみを込めて熱が冷めた頬を何度も撫でてから、高杉は銀時にだけ聞こえるように言葉を紡ぎ出す。

「銀時。お前の見てきた悪夢は全て俺が終わらせてやる。もう何も苦しむ必要はねえよ。全てを失っても、俺が最後までてめえの傍にいてやる。俺はてめえの事が……」

 最後に何を言おうとしたのか。それは高杉には分かっている事だが、銀時には当然分からない事だった。
 立ち上がり踵を返す高杉の着流しの裾を強い力で掴まれ、引かれる。
 背後に目をやれば痛みで震える右手で裾を掴む銀時の姿。最早意識は判然とせず、気力だけで高杉を止めようとしているのが見目で分かる。
 掴まれたその手を高杉は振り払った。
 前だけを向いて再び歩き始めるその姿に背後の銀時が懸命に手を伸ばしている事には気付いていた。
 それでも高杉は前を進む。全ては大切な者為。その大切な者が例え望まない未来であろうと、高杉はその未来を掴み取る。
 愛した者を大切に思うがあまりにその者を傷付ける。それはなんと可笑しな事か。



END

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