短編小説

□君に恋をした
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この想いに気付いたのは結構前からだ。
最初は単なる勘違いだと思い、こんな厄介なモノすぐに消えると思った。
それこそ泡沫の如くすんなりと。
だが俺の思いとは反して胸に支える何か言いようもないしこりが日増しに肥大化していき。
これは自分の気持ちに嘘はつけない、誤魔化せないと思った。
狭い胸の内を満たしていくそれに俺は苦しくて、苦しくて。
奴に会うと更にその苦しさが倍増する。
柄にもないな。
俺が奴に、しかも男のアイツにこんなにも焦がれてしまったなんて。
でも、奴の笑顔を見ると心が安心したように楽になり、嬉しい。
奴の笑う姿をもっと見たい。
もっと笑ってもらいたい。
そう思いできるだけ毎日のように奴に会えるように万事屋へと通った。
恋人でもないのに、可笑しいよな。
でも奴は――銀時は笑って迎え入れてくれる。
それがとても嬉しかった。






屯所を出る際大将の近藤には嬉しそうな顔をされ、部下の沖田からはウザイと理不尽な殺意を向けられバズーカを一発食らわされた。
命からがら何とか沖田を巻き目的の場所へ向かう途中、すでに常連となった顔なじみのケーキ屋のおばちゃんにショートケーキを三つ頼んだ。
おばちゃんは別段茶化すでもなく人のいい笑みを浮かべながらケーキを箱に詰めてそれを土方に差し出した。
それを受け取り代金も払い鼻歌を鳴らしそうな雰囲気を見せる土方は往来を歩いた。
歩きなれた道を進み次第に見えてきた目的の建物。
そこを下から見上げるとかぶき町では知られた何でも屋の看板が手すりの外側に掲げられてある。
一度仰いで万事屋と書かれてあるそこを確認し、目的の人物がいる事を祈りながら階段を登った。

「万事屋、いるか?」

玄関に入り声を上げる土方にすぐさま反応を返したのは万事屋の従業員の少年、新八だ。

「はーい。どちらさま……土方さん!」

新八が微かに驚いた様子で大きな瞳を見開くがすぐさま少年らしい幼さが残る笑顔を浮かべた。
この反応も何度目かの来訪により見慣れて、お互い既に親しみのある間柄になっていた。
新八は「上がってください」と土方を促しそれに素直に従う土方は靴を脱いだ。
前を歩く新八に付いて行き居間兼事務所に入ればまず目に入ったのは大きな犬。
その犬の白い毛並みを弄りながら戯れる蜜柑色の頭の少女は神楽。
神楽は犬――定春の体から顔を上げ土方を仰ぎ見ると、大変失礼極まりないニックネームで己を呼ぶ。

「あ、ニコチンマヨラーネ」
「誰がニコチンマヨラーだ。いい加減名前で呼びやがれ」
「お前の名前なんて知らないアル。だからこのあだ名でいいネ」
「……おい」

結構長く付き合いをしていてそんな衝撃の事実を言われたら軽く心が傷つくではないか。
少々の神楽の冷たい態度に若干涙腺が緩む土方。
居間の入口付近に立つ新八は遠慮がちにクスクスと笑っている。
ここ数ヶ月で子供たちと自分の仲は深まったようでもあり、浅いような気もした。
とりあえず持っていたケーキの箱を机に置き「土産だ」と言えば、さっきまでの神楽の素っ気ない態度は一転して少女特有の可愛らしい笑顔を振りまきケーキに飛びついた。
単純な奴だ、という呆れは置いといて、礼を述べた後皿とフォークを取りに台所へ向かおとする新八を呼び止めて目的の人物について訊いた。

「おい、眼鏡。万事屋は?」

体がソワソワしたがいつもの事なので気に止めない。
新八は眼鏡と言われた事に若干眉を八の字に寄せたがすぐに困った笑みを浮かべた。

「ああ、銀さんですか?銀さんならまだ寝てますよ」

新八の言葉に今度は土方が眉を寄せる番だ。
以前から土方が万事屋に来るとちょくちょく昼前まで爆睡中の銀時を見る。
いい加減大人なのだから私生活を弁えろと常々思い注意もした事があるが、とんと改善の兆しは見えない。
それを分かっているから新八は困った顔を土方に見せたのだろう。
机に張り付く神楽が新八に皿はまだか、フォークはまだか、とせがむ。
それに新八は慌てて台所へ向かおうとした。
しかし途中で足を止め立ち尽くす土方に向き直りこんな事を言い出した。

「あ、土方さん。ちょっと悪いんですけど、銀さん起こしてもらえますか?」
「は?」

唐突だった。
新八がいきなりそんな事を頼むので一瞬間の抜けた声を上げてしまう。
本当に申し訳なさそうな顔をして頼んでくる新八は確かに忙しそうだ。
ならば手の空いている自分が起こしに行くよう頼まれるのは必然かもしれない。
客人ではあるが立っている者は客でも使うという新八のちゃっかりさが何故か末恐ろしい。
土方は僅かに逡巡した後、仕方なく頷いた。

「お願いしますね」

一言礼を言い新八は台所へと消えた。
土方は軽くため息を吐き居間の隣にある寝室の襖に手を掛け開けた。
隣の居間にはテレビがつけっぱなしになっており、雑音が流れていたがここは襖を閉めた事もあり外界から隔離された空間のように静けさが支配していた。
ただ一つ。
ここの主の気持ちよさ気な寝息を除いて。
土方は徐に部屋の中央に敷かれてある布団に歩み寄る。
布団の頭上付近を覗き込むと、目に入ったのは綺麗な銀髪。
横向きになりスヤスヤと眠っているのは自分にとって愛おしい存在の銀時だ。
揺すって起こそうか名前を呼んで起こそうか。
ただ寝ている者にどう起こそうかなどそこまで考える者はいないと土方は思い、軽く二度目のため息をついた。
普通に起こせばいい。
今までの思考を振り払い布団を目深に被った銀時の体を揺すろうと手を掛ける。

「おい、よろず……」

声を掛けようとした刹那。
銀時がゴロリと寝返りを打った。
そうした事により銀時の顔を土方の目が捉えた。

「ッ……」

可愛い。
素直な感想がそれだった。
自分と大して年の変わらないこの男の寝顔があまりにも幼く可愛かった。
赤面する己の顔を誰も見ていないと分かっていながらも手で押さえ隠してしまう。
なんていうかこう……キスしたい。
そんな事を思った土方はハッと我に返り乱暴に首を左右に振った。
冷静になれ、俺。
今はコイツ起こす事が先決だ。
このまま銀時の寝顔を見ていれば子供達二人が不審に思うかもしれない。
無理矢理己の欲望を理性で押さえ込み、深呼吸を繰り返してから改めて銀時の体を揺すった。

「万事屋、起きろ」

軽く揺すった結果、銀時を深い眠りから引き起こすのには至らない。
再チャレンジでもう一度揺する。
今度は体が左右に大きく動くほど強く。
それが幸いしたのか、銀時は眠たそうな声を上げてゆっくりと瞼を開いた。
薄く開かれ覗いた赤い双眸がぼんやりと天井を見上げる。
それから徐に瞳が横にズレ土方を見た。

「……え?」

暫し土方を眺めていた銀時の顔が驚きの色に染まる。
続いて長く眠っていたため掠れた声で一言。
それから先に続く言葉はなく、視線に何故お前がいるのだという疑問が乗せられてくる。
何故か決まりが悪くなり土方は弁解するように慌てて口を開いた。
先程まで銀時の寝顔が可愛い、キスをしたいというふしだらな感情を抱いていた事を必死に感づかれないよう隠している気分だ。

「たく……こんな昼前まで寝やがって。ガキどもはもう起きてるぞ。テメエも起きろ」
「あ……うん。分かった」

やけに素直にいう事を聞く銀時は被っていた布団を剥いで身を起こした。
土方はその隣に座り銀時の動作を見守っている。
その己の行動に一抹の疑問も抱かなかった土方は銀時の困った顔を見て初めて疑問を抱いた。

「なんだ?」
「いや……着替えるから悪いけど向こうに行っててくんねェか?」
「!……わ、悪いッ」

銀時の物言いたげな表情の意味をはかりかねていた土方は狼狽えた。
謝罪をして慌てて居間へ戻った土方は子供たちの訝しむ視線が非常に痛いと思うのだった。
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