短編小説

□ズルい男
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明り障子から外の光が障子紙を通し薄暗い室内に差し込む。朝日だ。薄い障子紙では防ぎきれない光は室内を照らし、眩しさで瞼を押さえた銀時はもそもそと布団から顔を出した。
頭がぼーっとして思考が判然としない。暫く白く明るい障子を眺めながらも身体は暖かい布団の中で丸まり、身体を敷布の中から這い出す事は中々なかった。

「ふぁ……ねみぃ……」

片目だけ薄く開いた瞼をなんとかこじ開け片手で眼を擦る。未だ眠気が銀時の頭を支配していたがそろそろ起きなくてはならない時間帯のようだ。
銀時は上半身を起こすと軽く両手を上げて伸びをする。裸体である上半身が日光を受けて反射し、男にしては色白な肌が眩しさできめ細やかに浮かび上がる。白いとはいえ数々の修羅場をくぐり抜けてきた銀時の肌には幾つもの傷ができていて、お世辞にも綺麗とは言い難い。だが、そんな事を銀時は気にした事などは一度もない。むしろ男ならばちょっとぐらいの傷があった方がなんか格好いいなどという憧れもある。
それに、と思い銀時はふと隣で膨らむ布団を見る。布団の先から顔を出す男を認めるとくすりと笑みを浮かべる。
隣の男――近藤は幾つもの傷を浮かべた銀時の身体を綺麗だと言った。沢山の守るものを守った証なのだ、と言って此方が恥ずかしいくらいに褒めなしてくれた。
そんな銀時の肌に唇を這わし近藤のキスを受けるのが銀時は好きだ。傷の一つ一つを丁寧に撫でてまるで労わるような仕草で優しく扱われる。それを銀時は嬉しくもあり、擽ったくもある。情事の際はいつもこうなので、銀時は近藤の優しい思考と手つきに常に身を委ねる。昨晩もそうだった。
銀時は傍らで寝息を立てる近藤を揺すった。

「起きろよ、近藤」

安らいだ様子で眠る彼を起こすのはとても心苦しいけれど、そろそろ起きなくては朝礼に間に合わない。
銀時は揺する掌に力を込めて少々乱暴に起こす。近藤も自分も決して目覚めはいい方ではないがこれも此処に来てから染み付いた日課なのでもう慣れたものだ。
程なくして近藤の褐色に近い瞼が震えた。目覚めはもうすぐだ。銀時は追い込みを掛けるように唇を近藤の耳元まで持っていき、小さくだがハッキリと彼の名を呼ぶ。

「起きろ、勲」

その瞬間にバチリと近藤の瞼が全開した。飛び上がるように起きてニヤニヤと笑う銀時を見た。その頬には軽く朱色が乗り、囁かれた耳朶を片手で押さえている。

「ぎ、銀時ッ。だからいつも言ってるだろう?不意打ちで名前を呼ぶなって!」
「嘘つけ。毎回毎回俺が名前呼ぶまで寝たフリしてるくせによ」

銀時の言葉に近藤はぐう、と声を喉に詰まらせた。近藤の考えている事など銀時の前ではお見通しで。そんな子供のように単純な彼に銀時はくすりと笑みを浮かべた。

「ほら、そんな事よりもうそろそろ起きる時間だぞ。早く着替えろよ」

ポンポンと背中を叩かれ近藤は寝癖で乱れた髪を掻きながら身体を布団から這い出す。銀時よりも体格が幾分大きい近藤の身体を眺めながら、銀時も続いて布団から出た。
昨夜脱ぎ散らかした衣類が二人の寝ていた布団の周囲に転がり、それを拾い上げて慣れた手つきで袖を通す銀時は背中越しから近藤に声を掛ける。

「また明日来てもいいか?近藤が忙しくなければだけどよぉ」
「いいぞ。ただ、来る時はできるだけ遅めに来てくれ。……毎回お前には悪いとは思うけどよ……」

振り向き近藤を見る銀時の眼には畳に視線を落とす近藤の大きな背中が、今はずっと小さく見えた。顔を見なくても銀時には彼の表情が分かる。真選組隊士たちに余計な心配をさせないために銀時と近藤が密かに逢瀬を交わしている事を、銀時に申し訳ないと思っているのだろう。そんな事を気にした事など今の一度もないというのに。
銀時はやれやれ、と言った顔で肩を竦めた。静かな室内で銀時の軽い溜め息を近藤がどう受け止めたのかは分からない。きっと項垂れて意気消沈でもしているのだろうと想像できる。
銀時が右手を振り上げ近藤の背中を思い切り叩いた。痛みと衝撃で近藤の身体が見事に跳ねて慌てた様子で此方を振り返る。眼は見開き驚きに染まっている。それに銀時は腰に片手を添えて近藤を見据えた。その口元には笑みを湛えて。

「ほんっとに、てめえはいらねえ所で心配性なんだからよ。俺が今までてめえに文句を言った事があったか?」

近藤はフルフルと頭を振る。銀時はそれに頷いてみせる。

「俺はてめえとこうして会えるだけでも嬉しいんだから。だから、そんな余計な心配なんかせずにいつもみたいに堂々としてろ」

指を近藤の鼻っ先に突きつけそう言葉を吐けばキョトンと眼を瞬く近藤。銀時の紅玉の瞳に陽光が差込み光が灯る。鈍く光る瞳は真っ直ぐ近藤を捉え、その力強い意思を宿した瞳に近藤は思わず息を止めた。

「分かったか?」

近藤の呆けた顔に僅かに目尻を緩めた銀時が問う。近藤は開いた口を動かしクシャリと破顔した。

「ああ。ありがとな、銀時」

近藤の安心した笑顔に銀時は満足そうに頷いた。
着替えを再開した二人は明るい声を立てながら互いに談笑を繰り返した。銀時が万事屋へ帰ると言い先に部屋を後にすると、近藤の大きな声が廊下に響くほどの声量で銀時を呼ぶ。振り返れば手を振る近藤に銀時も軽く手を振り返した。これでは逢瀬も意味がない、と苦笑交じりの銀時は背中に冷や汗が流れてしまうのを肌で感じ取るのだった。
銀時が近藤と別れ隊士たちの目を盗み外へと抜ける裏口へ向かう途中、ある男とすれ違う。
その男の顔を認めると銀時は常の覇気の欠片も見せない顔で「よっ」と挨拶をしたが、その男は綺麗に整った相貌に描かれた眉をピクリとも動かす事なく、そのまま無言ですり抜けていった。咥え煙草の紫煙がその場に残り香として銀時の鼻腔を刺激し、男の存在を強調させる。

「相変わらず機嫌悪ィな……彼奴」

去っていった男の背中を見送りながら呟かれる独り言は誰もいない廊下の空気に溶けて消失する。煙草の煙と同様に、銀時の中から男への興味も薄れ消えるのには幾らの時間も掛からなかった。
そのまま銀時は何事もなかった様子で屯所を後にした。
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