短編小説

□その人は私を人として見てくれる・別離
2ページ/7ページ







それは土方と最後に会ってから三日目の夜の事だった。
その日もまた土方は少しの休み時間を割いて銀時に会いに来る約束だった。その日の昼に万事屋に電話が鳴りいつものように時間が取れたからまた会いに来るといった内容だった。銀時はその事に返事はしたが電話を切り際に無理をするなよと今まで心に溜めていた思いを告げたのだ。その言葉に受話器越しの土方からは笑い声と共に大丈夫だという返事があった。それに銀時は納得しないものの土方の優しい声音を聞き、少しの安堵を抱いた。
それから短い日は落ちあっという間に深い夜が降りてきた。まだ深夜と呼べるほどの時間帯ではないが土方の指定した時間には辺りが黒い闇で覆われ、月明かりは厚い雲で隠れ外の景色を明瞭には映し出せなくなっていた。
銀時は月明かりのない夜の下でいつもの待ち合わせ場所である古い木製の橋の上に立っていた。
赤マフラーを首に巻きつけ、寒さで凍える掌を擦り合わせる姿は以前の時と似た光景に思えるだろう。ただ一つ違うのは、今夜は真っ白な月が闇に隠れて見えないという事か。
銀時は指定した時間を過ぎた事に気付かなかった。元々時計などという高価な代物は持ち合わせてなく、いつも土方は時間通りに忠実に来る。どんなに忙しく、疲れていても土方は待ち合わせに遅れて来る事は決してなかった。
それなのに今日はどれだけ時間が経っても土方が来る事はなく、終いには人通りが完全に途絶えるまで待っても現れる事はなかった。
銀時の心に渦を巻く不安が押し寄せる。何かあったのか。もしかして仕事で怪我でも負って来られないのか。
様々な予想と不安で銀時はその場でグルグルと回り顎に手を添えて悩んだ。今から屯所に行き土方の事を訊こうか。それとももう少しこの場で待つべきか。
長く悩んだ末銀時は踵を返して屯所に足を向ける。どうか杞憂で終わってほしい。もしかしたら疲れて寝過ごしているだけなのかもしれない。最近仕事が忙しくあまり体を休めていなかったから。そうだ、そうに違いない。
銀時は歩いていた足を次第に早め、遂には駆けた。冷たい空気を肺に思いっきり吸い込みながら呼吸を繰り返し走った。冬なのに額からは汗が幾つも流れ落ち、瞼に当たり零れると視界が塞がるがそれを適当に袖で拭い只管屯所に向かった。屯所に着く頃には息は弾み肩が上下に大きく揺れるほどに疲弊したが、それに微塵も構う事なく屯所の大きな門扉の前に立つ見張りに声を掛けた。土方はどこにいるのかと。門番は汗だくの銀時を認めると不思議そうに首を傾げながら曖昧に告げた。
副長ならだいぶ前に此処を出たと。
銀時の行き過ぎたと思えた不安が、この時に強い確信に変わった。

「土方……!」

焦燥と不安に駆られた銀時のカラカラに乾き切った喉が悲痛に叫んだのは彼の人の名前だった。



愛おしい人を失うのはとても恐ろしいと分かっていたのに。なのに、なんでまた俺は大事な奴を作ったのかな。自分の心配ばかりしてくれた彼奴がいつまでも自分の傍で笑ってくれると思えていたあの頃が、酷く馬鹿に思えて。
そして、とても愚かに思えた。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ