短編小説

□微睡で響く、虚実の声
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「テメエに、テメエに松陽を、汚させねえ!!」


 最大限の拒絶と反抗の意思を乗せた四肢を振るった。体格に差はあろうと銀時自身の力とてか弱いものではない。

 敬愛したのは目の前の男ではない。例え体は同じでも、そこにある魂の色は違う。松陽の色はこんな歪みくすんだ暗い色ではない。勿論、松陽自身が一切汚れのない人間でないのは分かっている。松陽が過去にどれほどの人間を殺めてきたのかは知らない。それがどんな理由であれ許されることでないことも分かっている。

だが、銀時と共に生きたときの松陽の魂は確かに白く輝いていた。それは銀時の行く道を照らす篝火のような光だった。あの輝きが偽りそのものだとは銀時には決して思えない。

少なくとも、目の前の男のものとは違う。

 暴れる銀時の両腕が僅かに接地面から浮き上がった。虚の力を僅かに退けたこの機を逃さまいと更に力を込めようとした。

 その刹那、無防備にはだけた胸の飾りを突如抓り上げられた。途端に口から上がる悲鳴。先程まで暴れていた四肢はピタリと止み、神経が繊細に広がる胸の突起に恐る恐る視線を下ろした。虚の指が無遠慮に突起を摘み赤く充血しているのが目に映る。先程まで体中を熱く巡っていた血の気が一瞬で引いていくのを体が直に理解した。

 余計な抵抗をするなという命令を孕んだ虚の冷えた双眸が銀時の顔に注がれる。


「余計な手間を取らせないでくださいね? あんまり煩わしいと、うっかり殺してしまいますから」


 事も無げに漏らした「殺す」の言葉。銀時の胸の内でひやりとした氷の塊が滑り落ちていく感覚に身を震わせた。この男にとって殺すということはそれほどまでに当たり前なことなのか。五百年を暗殺と共に生きた虚の本性は恐ろしいほど危険なものだった。

 薄暗い部屋の中心で浮かぶ虚の笑みはあまりに悍ましく、不気味だ。


「――君のここは随分と綺麗な色をしていますね。私と同じ性別なのに可愛らしい色だ」


 ジンジンと痛みを訴える乳首を指先でグニグニと揉まれる。その手つきはまるで愛撫を施す情人のように優しい。寸前までの乱暴な手つきとは丸きり正反対だ。

 銀時は己の右胸の中心からじわじわと広がる快感に必死で耐えようと唇を噛んだ。少しでも口を開けば今にでも喉の奥から抑えきれない嬌声を漏らしてしまいそうだ。


「……ふ……うっ」


 頭上に纏められた両手の指先が白くなるほどに固く握りこんで耐える。絶対に声を上げるものか、といった必死の抵抗を嘲笑うように乳首の先端に爪を立てられた。


「うあっ」


 ビクン、と胸から腰にかけて痺れを含んだ快感の電流が一瞬のうちに駆け抜け全身が震えた。達したわけではないが人一倍敏感な部分を刺激された銀時の口から耐えていた嬌声があっさりと漏れ出てしまった。

 銀時の嬌声を耳にした虚はニンマリと満足げに口元を歪めた。

息を整えようと必死で呼吸する銀時を更に攻め立てるように突起を何度もこねくり回し、更に指の腹で強く押しつぶされる。


「い……や、やめ……あうっ」


 執拗に突起を弄り回す虚の下で銀時は気付いていた。嫌でも感じ始めていた下半身の中心に熱い血の奔流が集まり屹立を始めていることに。松陽の姿をした男の手によって快感を得る事実から逃れようとキツく瞼を閉じてしまった。

それを嘲笑う虚の声が遮断された視界の外側で轟く。その笑声は無防備な耳朶に蛇のように滑り込み、鼓膜を嫌らしく犯していく。どうしようもなく、気持ち悪い。


「そんな嫌な顔をしないで、もっと素直に私を求めていいんですよ」


 優しい言葉を降り注ぎながら虚の手が胸元から離れて行くのを気配で悟った。弄られ続けた胸元から離れたことに安堵の吐息をつく。

 だがそれも束の間のことだった。


「――……っ!」


 銀時の内股を隠していた着流しがいきなり取り払われたことに喫驚し思わず目を開いた。他人に決して暴かせることのない秘部が虚の面前で晒されたことに顔面の熱が一瞬で上昇した。

銀時の服装は常の着流しも黒のインナーとズボンも取り払われ、白い着流し一枚を身に着けていた。そして今更だが気付いたことがある。下半身を隠す着流しの下にあるはずの下着が身に着いていないことに。むき出しの性器の鈴口から漏れ出す液が竿を辿りながら臀部の割れ目へと濡れた感触を残す。その後孔の入口に固く勃起した虚の肉棒が触れていたことに更に目を見張った。


「そ、んな……入るわけ……うあッ……!」


後孔に一切触れず慣らしもしないまま閉ざされた入口に虚のモノが強引に挿入された。

外部のモノを受け入れようとしない後孔は虚の力任せな侵入を簡単には許さなかった。亀頭部分をなんとか埋め込もうとするが肉の入口はメリメリと裂けながらも決して内部には侵入を許さない。

しかし、中の侵入を防いでも秘部を裂く激痛に髪を振り乱しながら耐え切れず絶叫が空気を震わせた。


「いっ、いやァ……ッ、あが……!」


 固く閉じた眦で涙の玉がじわりと浮かび上がる。

痛い。止めてくれ。引き攣った喉から吐き出せない懇願。先程までの胸の愛撫とは真逆の行為に銀時の男根はくたりと力をなくしている。


「――ああ……そう言えば女のように勝手に濡れないのでしたね。長く生きていると男とのやり方も忘れてしまいますよ」


 押し当てられていた虚の熱が離れた。

 詰めていた息を荒々しく吐き出した銀時は呼吸を整えようとしたが、突如下顎を掴まれ無理矢理上へと向かされてしまう。驚き力の入らない瞼をこじ開けたすぐ先で虚の顔が迫っていた。驚きのあまりに身を引く前に冷たい唇が銀時のそれに押し当てられた。


「――……っ」


 口づけをされた事実にショックを受けるよりも先に歯列を割り込んで虚の生暖かい舌が口内に侵入を果たし、ねっとりとした唾液に覆われた粘膜が銀時の舌を絡めとり捕らわれてしまった。淀みない動きで舌裏の筋のある箇所をなぞられ、ゾクゾクとした性交に似た快感に腰が再び疼き始めてしまう。舌を執拗に愛撫したかと思えば一度解放し、上顎部分に移動した舌先が何度もその箇所を刺激される。与えられた刺激は的確に快感部分を攻めていた。

 息の全ても吸い上げられてしまう激しい口づけ。感じたくないのに感じてしまう自分自身に銀時は嫌悪し、虚の口づけから逃れようと必死に顔を振ろうとした。銀時の中で親のように慕っていた松陽にまるで情婦として扱われているようで、それが堪らなく嫌だった。逃れるために力を入れた頭は無情にも虚の片手によって押さえ込まれ、固定されたままの銀時はボロボロと目尻から涙を零すばかりだった。

 触れ合う唇同士は名残惜しげもなく途端に離れた。

いきなり解放された口は室内の酸素を目一杯吸い込もうとして失敗し、何度か噎せ返ってしまう。こんなにも苦しく、乱暴な口づけを受けたことはない。この口づけには恋人同士のような甘い愛情など欠片も存在などしていないのだ。


「これで少しは入りやすいでしょう」


 頭上の虚がボソリと呟く。

 息つく暇なく再び虚の硬い肉棒が秘部へと当てられた。口づけで性的興奮と快感を取り戻した銀時とはいえ、直接後孔に触れていないその中がすんなりと入るわけがないのを銀時は知っていた。それを虚は本当に男同士の性交の方法を忘れたのか。或いは知っていてわざと惚けて銀時に苦痛を与えようとしているのかは分からない。

ただ一つ言えるのは、このまま行為を進められれば銀時に待つのは痛みと絶望しかないということだけだ。


「――……や、」


 制止の声を上げようとした刹那。虚の腰が勢いをつけて一気に後孔を貫いた。


「ああッ……!」


 内壁を抉るようにして最奥を目指す虚の肉棒は体格に相似して巨大だった。最初に一突きされて切れた秘部からダラダラと血が臀部を濡らし始め、ビリビリとした痛みに引きかけた腰は虚の手によって押し止められた。そのまま片手で腰骨を掴まれと自らの腰に引き寄せられる。

虚は流れ出た血の滑りを利用し、大きく律動を開始した。


「……あッ、……は、ンああ……!」


 質量の大きい肉棒が内部を抉りながら突き上げる度に下腹部を殴られる衝撃に襲われ、流血した傷口の痛みに引き攣ったうめき声が静寂の室内で引切り無しに響き始めていく。涙の膜で濡れた赤い瞳が呆然としたまま虚空を見つめた。

 その視界に虚の顔が割り込む。


「痛いですか? それはすみませんね。君のココが物欲しそうにヒクヒクしていたのでつい慌てて挿れてしまいました」


 虚の冷えた指が接合したままの銀時の秘部の淵をなぞった。沸騰したように熱が集中した箇所に冷えた指がなぞりビクリと銀時の腰が震える。

 その反応に虚の目尻が三日月型に細められた。

 汗ばんだ額にソっと触れられた手がゆっくりと前髪を掻きあげた。

定まらない視線が目の前の虚に移動する。


「大丈夫ですよ。すぐに気持ちよくしてあげますから」


 言葉遣いは優しく丁寧で。髪を掻き上げる仕草も殊更丁寧だった。幼少時、熱を出した銀時に付きっきりで看病をしてくれた松陽も今のように労ってくれた。

声。顔。仕草。言葉遣い。全てが松陽と同じなのに。

それでも目の前にいる男は松陽ではない。いっそこの男を松陽だと認めることができるのならどんなに楽なことか。

 しかし、それを許すことはできない。例え見目も仕草も似ていても、今こうして虚という男に足を開かされ楔を打ち込まれている。松陽はこんなことはしない。


「――……ああっ」


 内壁をゴリっという感触と共に突き上げられた。無理矢理押し広げられた内部は何度目かの律動により着実な変化を見せ始めていた。痛覚のみを拾い上げていた神経が強制的な交わりにより次第に快楽を拾い上げいくのだ。決して感じたくなかった快楽を感じてしまう事実に視界が涙で歪んだ。

 激しく腰を振るっていた虚が銀時の様子に汗一つ流さない顔のまま一度律動を止めた。ジッと銀時の顔を眺めたまま暫し静止を見せる。

 ガクガクと揺さぶられながらも気付けば快感のぬるま湯に浸り始めていた銀時は動きが途中で止まったことに対し、もどかしく腰を自ら揺らし始めた。 

 自ら虚の股に己の股を擦り当ててくる銀時に虚が耐え切れず吹き出した。


「……君はやはり初物ではない、ですよね?」


 広い肩を小刻みに震わせながら声を立てて虚は笑った。「意外でした」などと声を震わせながら更に言葉を付け足す。


「まさか本当に男をくわえ込んでいたとは。君も中々の淫乱ですね」


 虚の声が耳鳴りに邪魔され上手く聞き取れない。熱に浮かされた頭は意識をこの場に繋ぎ止めるだけで精一杯で鮮明な思考は徐々に鈍くなり始めていた。

 自身の腰に這わされた虚の指に再び力が込められた気がした。


「――……一体、相手はだれなんでしょうねぇ」


 先程よりも一際激しく腰をぶつけられた。巨砲のような肉棒は一突きするだけで内壁全てを埋め尽くすだけの巨大さを持っていた。狙いを定める必要もなく、虚が腰を一突きすれば自ずと一番感じる部位から快感を得ることは容易だった。

何度も何度も最奥を突いてもパンパンに膨れた肉棒から精が解き放たれる様子はない。それに反して銀時の勃ち上がった男根は既に何度目かの精を強制的に射精し、自身の腹は白濁の飛沫で汚れていた。

もう銀時には視界に映る男が誰なのかを認識することも思考を巡らすこともできなかった。快楽の刃は懸命に繋いでいた理性の糸を容易く切り落としてしまったのだ。

 内壁の粘膜を擦りながらギリギリまで引き抜かれた肉棒が勢いをつけ、腰骨に痛みが走るほど腰を打ち付けられた。何度も突かれた最奥に硬い亀頭をぶつけられた衝撃で熱い飛沫が一瞬のうちに内部で弾けた。反射的に腰を浮かせ背筋が弓なりに反れた。ビクビクと体全体が痙攣し、何度目かの絶頂を迎えた銀時の口からは掠れた意識でも明確に分かる己の嬌声が轟いだ。

 酷使された体はぷつりと糸の切れた人形のように寝台に倒れ、泥のような睡魔に意識がズルズルと引き込まれていく。意識が完全に途切れるその一瞬、耳鳴りが響く中で鼓膜が拾ったのは愛してやまない恩師の声。


「――私が死ぬまで、ずっと一緒にいましょうね」


 懐かしい低声が嬉しそうに笑う声が閉ざされた意識の端で静かに木霊した。




END
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