【月下に咲く白銀】

□序章
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その姿は一種の獣のようにも思えたであろう。
瞼から覗く瞳は林檎のように丸く剥き出し、眼球に浮かぶ血管は幾つもの線を浮かび上がらせ血走っていた。
フー、フー、と野獣を思わせる荒い息遣いが彼の苦しみが尋常ではない事を物語っているのが十分に伝わってくる。
普段は隠れている鋭い牙が今は生え、目の前に立つ白い髪の男の項に今にも喰らいつく様子を必死に彼は隠そうとしていた。
それに白い男はニコリとその場の雰囲気に不釣合いな優しい笑顔を浮かべてみせた。
白い男の仕草に汗を流す男は見開いた瞳を更に見開いた。
白い男は整った唇をやんわりと動かし、男に言う。

「大丈夫。俺は死なない。だから安心して飲め」

守りたいものがまだあるから、と白い男は続けて口唇から言葉を連ねた。
男はその言葉に瞳を細め、今耐えていたものに付加するように白い男の言った言葉が男に更に苦渋の色を濃くさせた。
まるで白い男が勧めてくる行為を嫌がるように眉を顰める男。
しかし、白い男は一歩、男に迫った。
近づいた白い男が今度は男を安心させるように白い歯を見せて笑う。

「約束だから」

こうなると白い男は引かない、そう思えた男は観念した様子で白い男の肩を掴むと首を隠すハイネックのファスナーを下ろした。
自然と瞼を下ろす白い男の項に生暖かく、固い牙が触れた。

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