【月下に咲く白銀】

□一章
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懐かしかった。
例え似ていてもあそことはまるで違う場所なのに、自分にとってはあの人やあの男との思い出の場所の記憶を彷彿とさせる数少ない所だと思ったから。
真っ白な髪が朽ちて扉の隙間から吹き込む風でふわふわと揺れる。
夏が終わり過ごしやすくなる季節が訪れ始める今日、男は天井の高い此処――大聖堂の長椅子に座りながら目の前に飾られている色とりどりのステンドグラスを眺めていた。
廃教会であるここの外見とは違い、繊細な硝子でできたそれだけはヒビ一つ走らず綺麗なまま太陽の光を通し室内の汚れた床に様々な光の色を落としていた。
男はただその光の色彩を見つめていた。
過去の明るい記憶を思い起こすようにぼんやりと記憶の断片を去来させる。
けれどその記憶の裏にピタリと張り付くように、もう一つの記憶も必然的に思い出す。
暗く、雷鳴と真っ赤な血が絶叫とともに男の脳裏と耳朶を喰らい尽くす勢いで記憶を侵食する。

(思い出したくないのに……なんで俺はこんな所にいるんだ?)

男はキツく瞼を伏せた。
そんな事をしても無意味だと知っていても、男は目の前に広がる凄惨な記憶の映像を消したかった。
そしてそのまま男の思考はプツリと途絶えた。
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