短編小説

□夜叉の往き着く先
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嗚呼、空は何故こんなにも蒼いのだろう。
春の季節を彩る花々が甘い香りを放ち鼻孔を擽る。
桃色の花弁がはらはらと風に吹かれ木々の隙間から流れ込み音を立てる事なく茶色い地面の上へと舞い降りた。
桜の下には死体が埋まっているなどという物騒極まりない話をどこかで聞いた事があるなと、広い空を隠すように花弁の群れが見上げる空の情景を邪魔している。

ぽっかりと、大きな穴が空いてしまったようだ。
どこに?と、第三者がいたらそう問うてくるだろう。
自分はきっとそれに答える事なく自嘲気味に口元を歪めるかもしれない。
護れなかった己の無力さに。
大切な恩師を奪ったこの世界に。
憎悪と悲哀と、失ってしまった空虚さと。
それらを混ぜ込んだ結果の空洞など、他人のお前に分かるものかと吐き捨てたい。

大切な、大切なあの人の死。
亡骸は首より下はない。
その首も今己の足元で花弁が敷き詰める地面に旧友が二人でやや小さな穴を掘り、そこに白い布で包まれあの人の首をそっと置いた。
再び地面の土を手が汚れるのも構わず穴に流し込み盛土を作り石を載せれば簡単な墓の完成。
あの人の最後に行き着いた先はこんなにも情けない土の中なのかと思うとあの人の生きた証しとはなんだったのか分からなくなってくる。
質素な墓を作った旧友たちが軽く手を合わせ死者の弔いをした後、すぐさま背を向け桜とあの人から離れる。
桜の下に墓を立てたのは生前からあの人はひと時に咲き誇る花弁が美しく好きだと自分たちに言って聞かせたから。
だからせめて大好きな桜の側に眠らせてあげようと、口には出さずとも伝わる自分たちの想いを体現する為にそこを選んだ。

己も暫く恩師の眠る墓を見つめてから背を向け歩き出した。
心に生まれた空虚さを抱きながら己――銀時はその場を後にする。
その頃はまだ分からなかった。
どこまでも蒼く汚れがない空に忍び寄るように暗雲と同じく、銀時の心にも陰りが見え始めていた事に。
旧友はもちろん銀時自身もそれに気付かないままである事に。
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