短編小説

□笑顔
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遥か頭上で砂を撒いたように煌く星たちが澄みきった夜空に輝いていた。
ブーツの底で地面を鳴らしながら歩いていると、遠くから見知った人物が銀時に近付いて来る。
闇夜に同化する漆黒の隊服を纏いポーカーフェイスを湛える口元には少し短くなった煙草が銜えられていた。
銀髪をふわふわと夜風に揺らしながらその特徴に一致する人物を脳内ですぐさま弾き出した銀時は軽く手を振ってその人物を呼び止める。

「よっ」
「なんだ、またテメエか」

その人物――土方は目の前に立ち塞がるように立つ銀時に自然と足を止めた。
にこにこと上機嫌に笑う銀時とは反して土方は常に不機嫌そうに寄せられた眉をこの時も変わらず寄せている。
だが銀時には別段土方が不機嫌だとは感じない。
もし不機嫌ならば自分を無視して歩き去るだろうと容易に想像がつくからだ。
土方は銀時がそう思っている事など知る由もせず、眉一つ動かさず淡々とした口調で問うてくる。

「なんだよ。何か用か?」
「いや?用ってほどじゃないけどよ。今からさ、ちょっと飲まねえ?」
「は?またか……。俺は奢らねえぞ」

若干先程より眉根を寄せる土方はあらかじめジリ貧の銀時に釘を刺す。
だがその言葉には誘われる事への拒否の意思はない。
そんな土方の態度に銀時は気を悪くした様子もなく、懐をぽんぽんと大事そうに叩いてみせる。

「大丈夫大丈夫。今日は俺の懐事情も暖かいから」

そこだけ春の訪れを感じるほどの笑顔を振りまく銀時に土方は「勝ったのか?」と、訊くと大仰そうに頷いてみせた。
先ほどまで銀時がいたのはパチンコ屋で、珍しくフィーバーが続いたためいつもは薄い財布も今は若干厚みがある。
こんな気分のいい日は久しぶりに一杯飲みたいものだと思い街を徘徊していたら土方が目に入ったというわけだ。
銀時のギャンブル好きに呆れつつ土方は銜えていた煙草を携帯用灰皿にねじ込む。
「お?」と、銀時が身を翻す土方の後ろ姿に「ノリ気だねえ」と楽しそうに笑うと、こちらを振り返る土方の顔には「さっさと行くぞ」と促すサインが見て取れた。
気分はもう飲み屋に向かう気だ。

「早くしろ」
「おう」

肩を並べる二人の背中が夜風に押されて歩き出す。
向かうのはいつもの場所へ。
実は二人がこうして深夜出会うのは頻繁にある事なのだ。
別段意識したわけではないが思考が似ているためか、向かう先は決まって同じ所なのかもしれない。
故に二人は毎度喧嘩を繰り返しながらも飲み仲間として付き合うようになっていった。
それも早数ヶ月が経ち、すっかり仲のいい二人になっただろう。
きっと本人たちは認めないだろうが。



行きつけの居酒屋の暖簾を潜り喧騒ひしめき合う店内には二人の定席となったカウンターテーブルがある。
そこに腰を下ろし雑談を交わしながら出された酒を煽る二人の背中が今ならちょっとした見物事だろう。
言葉を交わし、笑い合い、時に喧嘩する。
しかし本人たちはまんざらその関係を嫌と思う事はない。
お互いの顔がそう語っているのだ。
その事には本人たちが頷く事はないだろうが。
どこまでも素直になれない子供のような大人だ。
お猪口をかざし、出されたツマミを口に運びながらいつものように酒を進める二人。
土方は銀時ほど飲んではいないが、煽る量は普段より多い。
銀時はそんな土方の様子に気付く事なく、一旦お猪口を置きツマミを箸でつつきながら最近の出来事を熱く語り出した。

「最近よぉ、うちのガキ共が可愛げがないんだよねぇ」

また始まった、と土方は苦々しげに酒を口にする。
酔いのせいか呂律の回らない舌でポツポツと口にする愚痴に土方はこれさえなければな、と心の底でため息を零す。
銀時はもちろんそんな土方の不満など知らないので、次々と溢れ出る愚痴を吐き出し始めた。
長く酒の席を共にしてきて決まって銀時は愚痴を零す。
土方は性格上あまり自分の愚痴を言わないので、自然と銀時の愚痴を聞くハメになる。
が、決してストーカー上司や腹黒部下などの頭痛がする悩みがないわけではないのだ。
銀時は最初最近の出来事をひとつひとつ呟くだけだったが、次第に捲し立てるように愚痴を零し続けた。
流石の土方も耳にタコができるほどの愚痴に嫌気がさし始め、無視して煙草に火を着ける。
マシンガンのように放たれる言葉の数々を適当な返事を返すだけの土方に銀時は気付かない。
そのまま一通り話し終えてスッキリした銀時。
時間は既に三十分は優に超えただろう。


「あー、スッキリした」
「そりゃ良かったな」
「お前俺の話ちゃんと聞いてた?」
「ああ、聞いた聞いた」
「ほんとかよ」

実際は聞き流していたと言えば文句の攻撃が飛んでくるので、ここでも適当に受け流す土方。
それに銀時は不服そうに頬を膨らませる。
大の大人がそんな事をしても可愛くないと途中で気付いた銀時は、仕方なく手元にあった酒をチビチビと啜った。
本当は聞いてくれなくてもいい。
ただお前とこうしていたい。
火照る体に合わせ頬も紅潮を表すのは酒のせいか、はたまた別の事のせいか。
ふと銀時は端整な土方の横顔を見ながら彼を呼ぶ。

「……土方くん、土方くん」
「あ?なんだ」

返事をする土方の瞳はカウンター越しにいる居酒屋のおやじの忙しそうにする背中を追っていた。
ああ、お前の青より深く、だからといって真の闇色じゃないその瞳が好きだな。
その瞳に吸い込まれるように銀時の口からこの言葉を放つ。

「好き」
「そうか。……は?」
「好き」
「は?」
「だから好き」
「ワンモア」
「すーきー」
「……」
「……」
「……はあああああああ!?」

長い沈黙が明け頬を朱に染め店内の喧騒に負けないくらいの大声を上げてしまう土方。
動揺のせいか木製の椅子まで蹴り倒す勢いだ。
他の客たちが怪訝そうに土方を見やる冷たい視線を背中に受けすごすごと椅子を直し背中を丸め席につく。
その顔に大量の汗を噴き出しながら。

「……おい、お前酔ってんのか?」

羞恥を隠すためか、若干声のトーンを落とし銀時にだけ聞こえる声で訊いてくる。
それに銀時は表情を変えずにいつも通りの声色で答えた。

「酔ってるけど冗談じゃねえぞ」
「いや冗談だろ。そういう事は好きな女に言え……」
「好きなんだよ、お前の事が」
「だから……冗談だろ?お前が俺を好きなんて」
「冗談じゃねえのに……。やっぱり引く?」
「そうじゃなくて……せっかく俺から言おうと思ったの、に……ッ」
「……え?」

一瞬頭が真っ白に弾けた。
今土方はなんと言った?
何やら予想外の事を言っていないか?
混乱する銀時は落着いて脳内で土方の言葉を反芻させた。
銀時の告白のせいで焦りが土方の思考を鈍らせたようで。
銀時は土方が何やら口を滑らせたみたいだと確信した。
目を瞬かせ土方を見れば彼は口を右手で押さえ恥ずかしそうに目線をそらしている。
銀時がもう一度キョトンとした顔で目を瞬かせれば土方が今度は顔を地面に向けた。
なんだかそんな彼が可愛くて、加虐心を擽られる。
銀時は土方が好きだ。
こうして飲み仲間として付き合う前から、それこそ何故と聞かれる前に自然と好意が生まれていた。
だから酒の勢いもあるが、今日出会ったら告白しようと心に決めていた。
たとえこの恋が実らなくてもいい。
土方に好かれなくてもいい。
ただこの想いだけは伝えたかった。
そしたら彼は言った。
己にとって何やら嬉しい言葉を呟いたではないか。
それをもう一度聞きたくて、銀時は嬉しさで緩む頬をそのままに意地悪そうに笑いかけた。

「何を言おうとしたって?」
「……いや、忘れてくれ」
「ひーじかーたくーん。言いかけた事は最後まで言えって母ちゃんに習わなかったか?」
「……うるせえ、俺は帰る!」

きっと酔いだけではないだろう、耳を真っ赤に染め代金を乱暴にテーブルに叩きつけながら土方は慌てて店を出て行ってしまった。
後に残された銀時はその後ろ姿を見送ってからややあってテーブルに勢いよく突っ伏した。
酒でグルグル回る頭で土方の発した言葉をくり返し再生させる。
ああ言うという事はもしかして、と意識しなくても考えてしまう嬉しい予想が浮かぶ。
銀時は顔を綻ばせた。

「……また会ったらもう一回訊こう」

土方の口からちゃんと聞きたい。
銀時は気分良く残りの酒を煽った。
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