短編小説

□そんな不器用で優しいお前が好き
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「昼間会っていた奴は誰だ?」

呼吸を微かに乱したまま紡ぎ出された言葉を耳朶が拾い上げる事ができたのは、雑音を感じさせない静寂な空間が部屋を支配していたからだ。
何分か前まではこの部屋は二人の荒い息遣いと肉を打つ音で満たされていた。
息を整えた銀時がゴロリと布団に横たわっていればそんな質問を、いつもは情事のあと煙草を吹かす土方が珍しく口にする事なく真剣な面持ちでこちらを見下ろし投げかけてくる。
銀時は質問の意図を理解していないのか、古びた天井を見上げたまま昼間の事を思い起こす。
今は普段鼻腔を撫でるあの煙草の煙はない。
それをどことなく物足りなく思う銀時の心情を土方は知らない。

「あー、あの人は依頼人だけど?」
「それじゃあ昨日会っていた男は?随分と親しげだったが」
「昨日……ああ、あれは知り合いだよ。……なんでそんな事訊くんだ?」

疑問に思った事を素直に訊いてみた。
天井を向いていた視線を土方に向ければ顔を逸らせれる。
その仕草に少々ムッとして顔を顰める銀時に土方が「別に」と素っ気ない口調で返す。
ますます疑問符を頭上に浮かべ何が言いたいんだ、と瞳が土方に訴えかけた。
視線に土方は気付いたようで眉を寄せ、何かを考えるように顔を険しくさせた。
その間、顔は銀時から背けたままだ。
月は雲に隠れいるため薄暗い部屋の中で互いの顔を視認する事は少々難しいが、それでも至近距離にあるお互いの表情は窺える。
故に土方のその悩む表情に銀時はピンと察しがついたが、あえてそれを口に出さずに心の内に隠した。
土方の次の出方を待つ銀時に土方はそれならと言葉を紡ぎ出す。

「じゃあこの間商店街で話していた男は――」

意図が分かれば少々からかってやりたくなると思うのは銀時の生まれ持ったSっ気故か。
漏れそうになる笑いを口の端を引き結ぶ事で耐え、銀時は怒ったように土方の質問を遮った。
もちろん、これも怒ったフリをした演技だが。

「だああああッ、しつけえ!テメッ、ストーカーか?なんで俺の行動をいちいちお前に言う必要があるんだよ」

そう怒鳴ると土方は黙ってしまった。
項垂れるように頭を垂れるその姿がちょっと可愛いじゃないか、と思う銀時は土方の黒髪に覆われた頭を撫でたくなる衝動に駆られるがそれも耐えた。
土方は下に向けたままの目線を躊躇い勝ちに銀時に向けてくる。
自分がストーカー紛いの行動をして銀時に嫌われたと勘違いしているのだろうか。
それなら心配ご無用。
銀時は度々土方の視線を感知していたため土方があの場にいた事は知っている。
淡白そうに見えて心配症な事は銀時には分かっている事だ。
多少めんどくさいと思う時もあるが、それは土方が自分を愛してくれている事だと銀時は認識している。
しかし、土方はどうにも束縛心というものがないのか、彼から無茶苦茶に銀時を束縛しようという行為が見られない。
それが銀時には物足りないと思っていた。

「……悪い、心配だったんだ。俺たち付き合い始めたばかりだし、お前が他の男のトコに行っちまったらどうしようかと思って……」
「だったら俺の事束縛でも何でもすればいいだろ。お前、鬼って言われている割にそういうトコ緩いんだからよ」

さり気なく束縛心を煽るように促してやればキッパリとした表情でNOの答えが返ってくる。

「それは嫌だ。俺はお前の自由で飄々とした所が好きだから、お前を縛り付けておきたくない。第一、お前だってそんなの望んでいないだろ?」

いや、ちょっと望んでいたのだが。
だが土方は優しいな、と銀時は布団の柔らかさに頬を擦り付けながら土方の真摯な眼差しを受け止める。
土方はいつも銀時の気持ちや行動を尊重してくれる。
甘味を食べたいと言えば付き合ってくれるし、一緒に寝たいと言えば黙って腕枕を貸してくれる。
情事の最中、銀時が苦痛に顔を歪めれば気遣いの声をかけてくれる。
土方は本当に優しい。
彼の持つ雰囲気は銀時の存在を優しく受け入れてくれる羽毛布団のような感覚だ。
そんな土方に銀時は徐々にその身を委ねるようになっていった。
誰かに存在を安心して預けるなど幼少の頃、松陽に寄りかかった時以来だ。
だからこの時分になってそんな存在に再び出会えるなど奇跡に近い。
銀時はそんな土方の不器用な優しさを噛み締めながら意地悪な事を言ってみた。

「そうなると銀さん他の男の所行っちゃってもいいの?」
「……、それがお前の選んだ事なら仕方ねェ」
「……」
「……」

自分の意見を尊重した言葉。
土方の答えに銀時は黙って土方の顔を見た。
同じく土方も黙ったまま銀時を見つめてくる。
銀時は瞬きをする事なく土方の顔に視線を送ったままだ。
まるで何かを待っているように。
それを確認できたのはすぐの事。
静寂の中、銀時の吹き出すような笑い声が響き可笑しそうに肩を揺する。

「……ぷっ、ハハハ。わりぃ、ちょっといじめ過ぎたな。そんな泣きそうな面してよく言うぜ」

銀時の視線の先には今にも辛くて泣き出しそうな表情をした土方が。
その表情だけで彼の心情など察するに足りる。
少しいじめ過ぎたな、と胸中反省する銀時は上体を起こし右手を土方の頬に添えた。
驚いたように目を見開く土方の瞳を覗き込み優しく語りかける銀時。

「俺はどこにも行かねえよ。本当に俺はテメエが好きだから。ただ、テメエに不器用でがんじがらめな愛情で束縛してもらいたかっただけさ」

瞼を閉じゆっくりと顔を近づけ銀時からキスをする。
まずは触れるだけのもの。
離れ際軽く舌を出し土方の整った口唇を舐めてやる。
満面の笑みを浮かべて銀時は土方に言った。

「好きだぜ、土方」

雲が晴れ月光が窓辺から差し込む。
蒼くやわらかな光が二人を照らし、影が部屋の畳に伸びた。
その影がもう一度触れ合い重なる。

「……はっ、どっちが彼氏だか分からない台詞だな」
「俺らしいだろ?」
「違いねェ」

銀時の瞳に映る彼の顔は先ほどの辛く歪んだものではない。
どこか清々しく、不敵に笑う顔だ。
土方は銀時の背に腕を回し支えると体を布団に沈めた。

「お望み通り、テメエを滅茶苦茶に縛り付けて愛してやるよ」

倒れこみ再びキスをする。
今度は土方から銀時へ、強いキスを。
唇が離れれば銀時も笑ってみせる。

「へっ、上等」

重なる体と体温は二人の間に温もりを生んだ。



END

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