短編小説

□乙女心のジェラシー
1ページ/4ページ

デコボッコ教なる怪しげな宗教との事件から数日。
皆が元の性別を取り戻し、普段通りの生活を送るようになった。
ただ一人、この男を除いては。



「なんで俺だけまた女に戻ってんだあああああ!!」

かぶき町の皆が元の姿に戻った喜びとは反対に、銀時は普段よりトーンの高くなった声色で万事屋の屋根を突き破るほどの絶叫を上げた。
下の階の妖怪ババアが何か言っているのが聞こえるが、そんな事に耳を貸す暇などないほどに銀時には余裕がない。
新八も神楽も定春も。
万事屋の面々も戻っているのに何故自分だけまた女になったのだ。
男の時より癖が落ち着いた頭を両手で覆い、天に向かって奇声を上げる銀時。
その姿に神楽は迷惑がるように冷たい態度を取る。

「さっきからうるせえアル。なっちまったもんは仕方ねェヨ。腹くくるアル」
「腹くくるって何を!?銀さん女として生きろってか?そんなわけにいくか!!」
「ああ、もううるさいアルナ。いいじゃんか、可愛いんだから。そっち方面で稼いでこいヨ」

可愛いと言った割にはまるで汚物でも見る目つきで突き放す神楽。
それに新八は苦笑いを浮かべる。

「まあ、捕まえたデコボッコ教の人の話によると、極稀に性別が不安定なまま変化するらしいですけど……元にはその内戻るらしいですし、気長に待ちましょうよ」

元気づけるように気遣う新八の眼鏡の柄はピンクから元の色に戻っている。
テメエらは元に戻ったのだからいいよな!という銀時の妬みの視線を新八は痛いほど体に受けさり気なく視線を銀時から外した。
おそらくその内戻る。
そんな確証の薄い可能性でこれから暫く女の姿で過ごさなければならないと思うと、大きな瞳から涙が零れる。
床に顔を伏せておいおいと泣く銀時に新八は心を針で刺されるような痛みを感じてしまう。
何とか元気を出してもらおうとあれこれ考えていても気の利いた言葉が出てこない。
どうしたものかと困り果てていたら、インターホンが部屋に響いた。
この忙しい時に誰かと新八は思いながら玄関へ駆け足で向かう。
その間銀時は床に突っ伏したまま。
床には涙の川が部屋の端まで流れていた。

「あれ?桂さん」

玄関の方で新八が驚いた声を上げた。
銀時はその声を耳にして、顔を引きつらせる。
こんな時に面倒な奴が来たと胸中愚痴り身を隠そうと部屋の中をキョロキョロと見まわす。
あんな変人にこの姿を見られたら何を言われるか分からない。
銀時が手近にあった神楽の寝る押し入れに隠れようと襖に手を掛けた所で、ガラリと大きな音を立てて廊下に続く引き戸が開かれた。

「おはよう、リーダー。銀時はいるか?」
「おう、ヅラ。銀ちゃんならそこにいるネ」

神楽は銀時の気持ちなど露ほども汲み取らず無情に銀時の方に細い指を向ける。
それに釣られて桂の視線が銀時に向いた。

「……」
「……」

見つめ合う二人。
近くで新八が困ったように口元に手を当てて二人の反応を見守っている。
神楽はその間二人にはまったく無関心でテレビを眺めていた。
先に動いたのは固まる桂。

「ぎ、銀時……お前、その姿は……」
「ヅラ……」

拳を大きく震わせ何かを耐えるように体も小刻みに動く。
やばい、何かめんどくさい事になりそう。
口端をヒクつかせそろりそろりと忍び足で桂から離れる銀時に顔を上げ、その琥珀色の双眸に涙を溢れさせ叫んだ。

「銀時!お前がその姿という事は……ッ、俺が待ち望んだ悲願を果たすのも夢ではない!!」
「は……?」

意味不明。
銀時の顔にこの四文字が刻まれた。
予想的中、これは関わらない方が身の為だ。
そう心で決め更に壁伝いで離れようとする銀時に一瞬で詰め寄る桂。
「ひぃ!」と喉の奥で悲鳴を上げ逃れられない己の状況に恐怖すると、桂は大層良い笑顔で銀時の両手を握りながら言った。

「銀時、俺と結婚しよう!!」
「はぁ!?」

以前は二人の背にあまり差などなかったが、今は桂が銀時を見下ろす形だ。
しかも銀時は現在女。
傍から見れば男が意中の女にプロポーズした様子に見える。

「馬鹿か!なんで俺がテメエと結婚なんざしなきゃならねェ!」

細い腕に力を込めて必死に桂の手から逃れようと身を捩るが、如何せん。
男だった自分と対等な力を持つ男の力に女の非力さが出る己ではビクともしない。
そんな銀時など無視して桂は意気揚々と口を動かす。

「子供はやはり一姫二太郎が理想だな。あと新居を構えなくてはならない。それに――」
「――ッ、人の話を聞けエエエエエエ!!」

渾身の力を込めて桂の手を振り払い、そのまま勢いよく右ストレートを繰り出した。
骨が砕けるような鈍い音が響き、桂の体は吹っ飛び壁にめり込んだ。
地響きを立てて家が壊れる様を見ていた新八は「嗚呼」と嘆きの声を上げるのだった。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ