短編小説

□片時の逢瀬は一生の温もり
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銀時は混乱していた。
それは常の日常で起こる現象の類とは違うもので。
その男――坂本は同じ男として憧れるほど引き締まった筋肉を太ももに張らし、幼子のようにちょこんと銀時をそこに座らせ満面の笑みを浮かべ銀時と共にソファに寛いでいる。
丸いサングラスで目元を隠し時折覗く目尻は成人男性以上の体格を持っていながらも、厳ついような威圧感はなく、寧ろ人を和ませる不思議な魅力を持つように柔らかかった。
そんな瞳に銀時は見つめられながらこうして男二人体を密着させ座っている。
坂本が万事屋に来訪してから子供たち二人と一匹白い目を向けながら去っていった後に生まれた光景だ。
子供たちが邪魔だという態度を坂本からは感じなかったが、子供たちが去るや否やタカが外れたのか、締まりのない顔は更に緩み突然の抱擁から始まりいきなり外へ連れ出され沢山の甘味類をご馳走された。
それに関しては何も言わない銀時。
寧ろ長らくの不況により強制的に甘味を絶たれた銀時には天からの恵みにも近い行為に心からの感謝の念を胸に抱きながら大量の甘味を胃袋に突っ込んだ。
しかし幸せ絶頂な気分もふとした思考の陰りが過ぎり銀時は手にしていたスプーンを口端に咥えながら動きを止める。
坂本は視線を銀時の行動から終始を外す事なく注いでいた。
それもまるで観察をするように。
その視線に銀時は一瞬背筋にゾワリと氷が滑るような感覚を感じた。

――俺……何かしたかな?

坂本は基本的に銀時には優しいが代わりに見返りを求められる事もある。
勿論、互いに愛情がないわけではない。
見返りは坂本の根っからの商人気質故に起こる行動だ。
商品を与える代わりに代金を要求するというのは坂本ではなくとも銀時にしても万事屋の家業でそのような行為はちゃんとする。
けれど恋人同士の二人の間にそのような無粋なやり取りなどない方がいいと思っている。
だからと言って金を要求された事など一度もなかったが、代わりにさり気なく情交をする雰囲気に持っていかれるのも否めないが。
何より一見温和な性格に見える坂本だが一度キレれば静かな湖面に石を落とした時に生まれる波紋のように怒るので、畏懼する事も度々ある。
なので、自然と今回優しいのは嵐の前の静けさではないかという危惧を持ったりしてしまうわけで。
けれどその割には坂本の表情は憤怒した時のような無表情とは遠く、穏やかなものだ。
それにますます疑問が脳内を支配する。

「辰馬……?」
「ん?」

そんな小一時間前の事を思い出しながら、銀時は思い切って背後に座る坂本を呼ぶ。
呼ばれた本人はと言うと柔らかい羽毛布団に顔を埋めるような仕草で銀時の首筋に唇を寄せていた。
その時がまるで至福だと言わんばかりで整った鼻から体臭を嗅ぎ、何度も顔を肌に重ね摺り合すように左右に振っている。
その行為に時折銀時のぷっくりと膨れた赤い唇の隙間から果実のように甘い熱の篭った吐息が漏れるのを坂本は嬉しそうに目を細めたのを銀時は気付いていない。

「お前さ……なんか、あったのか?キャバ嬢のあの子に有り金全部むしり取られたとか」
「いや。そんな事はなか」
「じゃあ……」

なんでこんなにも優しくするんだ、と薄く開いた口から続けて言葉として出る事は叶わなかった。
ちゅっ、と首筋から肩にかけての銀時の感じる箇所に唇を宛てがわれ軽く痕が付くように吸われたからだ。
つい飲み込んでしまった言葉と空気に息を詰まらせながら吐き出すと、ビクビクと肩は小刻みに震え、喘ぎ声を飲み込むのに必死だった。
顔面の中心から広がるように赤らめた顔は背後にいる坂本には分からないと思うが、何故か銀時にはそれさえも全て坂本には知られている事のように思えた。

「金時」
「ッ……ん?」

名前を訂正するような余裕などない。
小さく顎を引いて背後の坂本に顔を向ける。
坂本は顔を首筋から上げてニコリと柔らかい微笑みを銀時に向けてくる。
それは彼の恩師が銀時に向けてきた微笑みとどこか類似しているように思え、軽い既視感のようなものが胸に去来した。
柔らかい綿毛のような銀時の髪に大きな手を乗せて軽く撫で付ける坂本に更に銀時は疑問符を頭上に掲げ、坂本のサングラス越しの藍色の瞳を覗き見る。
生憎色眼鏡のレンズには瞳の色を確認する事はできないし目元を視認する事も不可能で。
銀時には坂本の思考も感情もイマイチ読めない事に軽く不満の声を上げるように喉を鳴らした。

「なんじゃ?」
「別にー。てか、何だよ」

銀時の思考に坂本は気付いていないのか。
コトンと小動物のように首を傾げて銀時を見やる坂本を適当に受け流し、先を促す。
銀時に話を促され坂本は大して気に留めなかった銀時の反応を一先ず置いとくように首を上下に揺らし、改めて銀時の名を呼ぶ。
その時は勿論坂本の彼への愛称なのか本気なのか分からない「金時」呼びである事を忘れずに。
銀時に向き直る坂本は一瞬母親から引き離された幼子のように寂しげな色を口元に宿した。

「わしとおんしが最後に逢うたのはいつじゃと思う?」
「え?……あー……結構前だと思うけど?」

実際は途中まで逢瀬が叶わない日にちを数えていたが、途中で乙女でもあるまいしこんなセンチメンタル思考に浸るのは性に合わないと思い数えるのを放棄した。
それでもさり気なくカレンダーを捲る毎日に坂本の事を思い出し、何度も溜め息を零したのは記憶に新しい。
しかしその事を素直に言えるほど銀時は初心ではないし、何より己の乙女チックな思考回路を露呈するのはどうにも抵抗がある。
寧ろ恥ずかしさが百パーセントなのだが。
坂本の銀時を慈しむように、まるで大切な物でも扱うような仕草に銀時は嬉しい半面小っ恥ずかしさを顔に表しながら坂本を柘榴のような赤い瞳で見つめ返す。
それに坂本の目尻が更に柔らかくなったのだが、先も述べた通りそれは濃いレンズに隠れて銀時にはまた分からなかった。

「おんしと最後に逢うてから半年じゃ。わしの仕事が忙しゅうせいで、まっこと金時に寂しい思いばさせて、すまんかった」

頭を垂れるようにフローリングの床に向けて頭を下げる坂本。
顔がズレた事により僅かな角度で坂本の目元がサングラスから覗き見る事ができた。
眉毛を眉間に寄せ苦しそうに、又何か罪の意識に耐えるようにキツく瞼を閉じた坂本は本当に申し訳ない想いを大きな体に宿している様子がひしひしと伝わってくる。
普段あっけカランとしていて楽天的なほど快活な男がこのように苦悶とも取れる表情を浮かべている姿に、銀時は己を思ってくれた事よりも切なさが胸の中心から体全体に冷や汗のように広がった。
もしかして己に申し訳ないという思いで目一杯の優しさや愛情を注ごうと思いこんなにも甘やかしてくれたのだろうか。
銀時は坂本の腕の中で体を少し動かし、彼に向き直る。
そして坂本に比べて彼よりやや小さい掌を頬に当てて坂本の顔を上げてやる。
瞳と瞳が合わさった事がサングラス越しでも分かるのが不思議に思える。
頬を緩めニコリと微笑みを浮かべれば、坂本の半円を描く瞼が更に見開いたのが分かった。

「本当の事言うとさ……お前と会えなくて結構寂しかったわけよ」
「……」
「最初は仕事が忙しいと思って割り切ってたけどよ、だんだん時間が経つ内にもしかしたら飽きられたのかと思ったんだ」
「そ、そんな事なか!わしはおまんが一番好きぜよ!」

大仰に否定の言葉を吐く坂本の態度は誰が見ても必死さが丸分かりだった。
それに銀時は一瞬目を丸くしたがすぐに表情を崩し、笑った。
その言葉がどんなに嬉しいか、坂本なら分かってくれるはず。
だから銀時はそんな焦燥で今にも泣きそうなほど顔をくしゃくしゃにした坂本に分かってるよ、と告げて今度は銀時が彼の黒くて癖の強い髪を撫でた。

「でもさ、お前がこんなにも俺に優しくしてくれたり大事に思ってくれたのが分かったら……すげー嬉しかった。ほんとにありがとな」
「……おまんこそ、まっこと優しい男ぜよ」
「銀さんは心の広い男だからな」
「アッハッハ!確かにのう!」

サングラスを落とす勢いで体を揺らしながら哄笑を浮かべる。
それに釣られて銀時も前歯を覗かせ声を上げて笑った。
ようやく坂本らしい快活さが戻ってくれた事が何よりも嬉しかった。
先ほどまでの彼の瞳の裏に見え隠れしていたものの中には銀時と同じ寂しいという想いもあったのを銀時は気付いていた。
それを坂本は公にはしなかったが銀時もまた坂本の真の気持ちに触れられて、外的に距離があったために心まで遠く離れてしまったと思っていた己の思考を、否定できたのも嬉しく思い安堵の気持ちが湧き上がった。
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