短編小説

□その人は私を人として見てくれる・別離
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冬の空の下で過ぎる穏やかな日常。とても平和だった。数ヶ月前の事件が嘘のように、今はとても幸せだった。






銀時は自前の赤マフラーを首に巻きつけひとつ吐息を吐いた。寒さで赤らむ鼻はまるでトナカイの鼻のように赤く、長時間身を刺すほどの寒さの下に身を晒した結果であった。
今年の冬は例年以上に寒気が強く、吹き付ける風は肌に突き刺さるほどの冷気を宿していた。
その寒空の下で銀時は待っていた。いつものように仕事上がりから慌てて走ってくる男の姿を。時間にルーズな銀時が珍しくその男より早く待ち合わせ場所にいるのは少しでも彼に会いたかったから。待ち合わせ時間までダラダラと自宅で過ごすのは何故か無性に落ち着かない。そんな気持ちにさせられたのは彼――土方を好きなってからだ。
悴む両手にまたひとつ息を吐きつける。今度は長く息を伸ばし、少しでも震える掌を温めようとした。こんな事なら手袋の一つでも買っておけば良かった。そんな後悔が頭に浮かぶが、今の万事屋の家計では手袋ひとつ買うぐらいなら米の代金の足しにした方がまだいい。
一人勝手に納得して銀時は掌を擦り合わせた。摩擦で少し肌が温かく感じるその行為に最初からこうしておけば良かったとまた新たな後悔が生まれる。
けれどそんな寒さの愚痴はあっても土方に対する愚痴は微塵も浮かばない。この寒さを越えて会った時の嬉しさは大好物の甘味を机一杯に広げた時の光景以上に強いのだ。
高杉に拉致され陵辱された事件から随分と日は経ったが、あれから高杉がテロ行為をする話は聞いても銀時に直接絡んでくるという事はなかった。
あの時の去り際の高杉の笑みと告げられた言葉から少なからずまた邂逅を果たすと思い、暫くの間自分も土方も周りへの警戒心が強かった。そんな二人の危惧が杞憂で終わるように思え始めたのは漸く最近になってからだ。高杉が本格的に攘夷活動を再開した事で銀時に手を出し辛い状況になったと思い、銀時は少しだけ安堵した。
けれど土方は今もなお高杉が銀時に与えた仕打ちに対しての怒りが収まらず、警戒を解く事はなかった。その銀時を思う気持ちは嬉しいが、自分のせいで土方の本来の仕事に影響を及ぼさないかが心配で。また、土方の身も按じた。
最近の土方は見るからに疲労の色が濃い。高杉一派率いる攘夷活動に加え小物レベルの攘夷浪士たちも高杉の行動に呼応するようにして騒がしい。おまけに銀時を心配し気を張るのだから気を休める時間は殆どないように思える。
そんな状態でも土方は自らの貴重な時間を割いて銀時に会いに来る。青白い疲れた顔色で目の下に隈を引いていてもそれでも会いに来てくれる。それが嬉しくもあり、申し訳もなく思えた。
遠くの空で小さな月が浮かぶ。その月光が大地を淡く照らし、此方に走ってくる黒い影を導く。
銀時は擦っていた手を離しその影に振り返った。そしてその影の主を迎えるように笑う。
橋の欄干で重なる二つの影が川の水面に伸びた。
束の間の幸せは次期に終わりを迎える事は、誰も知らない。
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