短編小説

□十年の執着
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遡る事三時間前。
ちょっとした小銭稼ぎにいい依頼が入り、銀時は万事屋のメンバーである新八達を置いて指定された宿屋に向かった。
そこで出会った依頼主にまあ依頼は酒を飲んだ後にでもと、勧められ高価な酒を振舞われこれは有難いとばかりに何の疑いも持たずに飲んだのは、最近のかぶき町での平穏ぶりに感化されたからだろう。
一口二口お猪口を傾けた時はまだ何も思わなかった。
ただ三口目に違和感を感じた頃にはもう遅かった。
元々高い酒の味など分からない銀時は正直振舞われた酒の味などどんな味か知らない。
きっとこの依頼主と名乗る男はそんな銀時の事情を知っていて、その酒に睡眠薬を盛ったことにより味が混濁する違和感を誤魔化したのだ。
程なくして銀時は綺麗に敷かれた畳の上に身を倒した。
これが至福の夢へと誘う睡魔なら良かったのにと、次に目が覚めた時に銀時は思う。
そして沈む意識を急浮上させるのは突き刺さるような冷水を頭から浴びた事による。

「・・・いったいどういう状況ですかこの野郎」

頭から滴る水に鬱陶しくなった髪をかき上げる事が叶わなかったのは左右に吊るされた手枷に己の両手が戒められていたから。
チラリと手枷に視線を送ってから、前方に戻すとそこには三四人ばかりの屈強そうな男達。
そこに更に奥に気配で分かるもう一人の人物。
その人物が待ちわびたかのようにハアと感嘆の吐息を漏らした。

「ようやくお目覚めかな?白夜叉」

暗闇の中、気持ちの悪い息遣いでそう銀時に訪ねて来る人物は声色からして男。
高くもなく低くもなく、ねっとりとした声質で独特な息遣いに銀時は心当たりがあった。

「・・・なんで十年も経って俺の前に現れるんだ?この変態野郎」

名は知らない。
知りたくもない。
十年前の記憶が濁流の如く押し寄せてくる。
あの忌まわしき記憶が、鮮明に、苦痛の記憶も共に。

「・・・ああ、なんとつれない言葉。けれどこの状況下においてそれがお前の屈強な精神を表しているね」

草履を地面に擦りながら一歩一歩と近づいてくる男は、天井にぶら下がった裸電球から灯される明かりによってその正体が明瞭に映し出された。

「久しぶりだね、白夜叉。会えて嬉しいよ」
「ケッ、俺は嬉しくねえよ」

不快感を剥き出しにする銀時の記憶にある男の顔は十年経っても変わっていなかった。
男の顔は輪郭が異様に長く、細く吊り目な印象を与える。
例えるなら狐の面でも被ったような造形だ。
その異様さから人間ではなく天人だと直ぐに分かるだろう。
狐顔の男の周りにいる男たちは人間と変わらない姿に見えるが、唯一違うのは耳が尖っている事だけ。
つまりこの男達も天人だという事だ。
銀時は狐顔の男に視線を射抜くように睨んだまま、一体何の用かと目で疑問を向ける。
それに気付いた狐顔の男は耳に付く程口角を上げた口を更に上げた。

「白夜叉、あれから十年経つが体はどう?新しい傷はできたかい?」

銀時が動けない事を承知して、銀時の側に歩み寄ると無遠慮にインナーを両手で掴み胸板が見えるよう左右に乱暴に開いた。

「・・・ッ、やめろ」
「まあそう堅い事を言うなよ。私とお前の仲だろう?」

薄暗い明かりの下浮き出る銀時の肌に細長い指を這わせ一つ一つ何かを確認するように動かしていく。

「おや?これは私が知らない傷だね。こっちのはまだ新しい、最近できた傷だ。おやおや・・・火傷もあるじゃないか。大層な修羅場を抜けてきたみたいだねェ」

一通り銀時の体にある傷を確認した狐顔の男は満足したように頬を上気させ一度銀時の側から離れる。
その間銀時は終始嫌悪感を露にする表情だった。
狐顔の男は顎に手を添えると思い出したように「ああ」と呟き銀時をねっとりとした視線で見やる。

「そういえば私がお前に付けた傷は消えていたようだね」

若干残念そうに呟く狐顔の男に銀時は十年前の痛みと血の記憶を思い起こした。
十年前、攘夷戦争の時。
敵陣に深く突っ込んでいった銀時は、共に連れていた仲間の一人を庇い深手を負い敵に捕まってしまった。
その際、味方のアジトを吐くよう手酷い拷問を受けた。
その時に拷問の担当だったのがこの狐顔の男だ。
銀時は全身の骨が折られるまで殴られたが、決して口を割ろうとはしなかった。
結果、虫の息だった銀時は寸での所で仲間に助け出された。
なのでこの狐顔の男もその時死んだものだと思っていた。
今この場で会うまでは。
銀時は目の前で悲愴じみた表情を浮かべる狐顔の男に、用はなんだと口を開く。

「で?俺を虫の息までにした拷問手様がいったい俺に何の用?」

できるだけ余裕を滲ませた表情で相手の出方を伺ってみる。
おそらく宿屋で会った男は仲間か何かだろう。
銀時をここに連れてこさせるための。
ならば目的はなんだ。
銀時が瞳を鋭くギラつかせると、狐顔の男は目を細め「それはだね・・・」と含むように言葉を発する。
そして。

――ガッ

「・・・ッ!?」

唐突に視界がぶれ、脳が揺れた。
ジワリと口に鉄の味が広がるのを舌で感じた。
殴られたと分かったのは直ぐの事。
ズレた視界を戻すと目の前にあの屈強な男の一人が大きな拳を握り立っていた。

「・・・そういうことか、変態野郎」
「察しがいいようだね・・・そうだよ。私は十年前に屈服させる事ができなかったお前を、今一度その強靭な精神と肉体を持つお前を完膚なきまで叩き落とすためにきたのだからね」

男は至極満悦そうな表情でそう銀時に投げかけた。
その答えに銀時は胸中変態が・・・と、唾を吐き捨てる思いで男を睨んだ。

「さあお前達、白夜叉に最高の苦痛と屈辱を与えておやり」

狐顔の男は大きく開けた口で哄笑を上げた。
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