短編小説

□おめでとう君、ありがとうお前
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(なんでこんな事になるっスか・・・)

また子は船内を歩きつつ後に続く銀時を何度も振り返りながら目的の場所に向かっていた。
サプライズだかなんだか知らないが敵である男を船内に招き入れたのは、一応確認のために高杉に連絡を回したら連れてこいとのお達しがあったからだ。
上手く船内に入り込めた銀時は上機嫌に鼻歌を歌いながら船内を闊歩する。
本当にこの男は何をしに来たのだろう。
そして自分の主は敵を招き入れていったい何を考えているのだろう。
二つの疑問が脳内にグルグルと入交重い頭痛がこめかみに響いた事に気づいた時には目的の部屋に着いていた。

「ここっスよ・・・白夜叉」
「おー、サンキュー」

たどり着いた部屋の前でまた子がそう言うと、銀時は意気揚々とノックもせずに扉を開けた。
扉が重い音を立てながら閉じるのを見て、また子はつい中の様子が気になり僅かに開いたままの扉の隙間から中を覗き込んだ。
そこには相対する銀時と優雅に煙管を吹かせ銀時を見据える高杉がニヤリと微笑を湛えている所。
その張り詰めた二人の雰囲気にゴクリと喉を鳴らし、汗が一雫頬を伝うのを肌で感じ取るまた子。

(これはヤバイんじゃないっスか・・・?)

一触即発な気配にまた子が腰の獲物に手を添える。
冷たい鉄の感触が指に伝わると、また子の心にも同じ物が伝った。
もし戦闘が起こるのであれば己も高杉に加勢しよう。
決意を胸に事の次第に注意を払っていると、先に動き出したのは銀時だ。

「高杉」

名前を呼んだかと思えば、駆け出し何の躊躇いもなく高杉の胸に飛び込んだのだ。

「!?」

その行動にまた子は文字通り目を見開き顎が外れるんじゃないかと思うほど口を開いた。

(なななななな!!)

動揺と混乱が洗濯機の渦の如く回り己の理解できない現状が目の前で繰り広げられる事について行けない様子のまた子。
そんなまた子の様子など露ほども知らない二人組。
そして銀時の行動に高杉は喉を鳴らしながら笑い、煙管を窓辺に置いてある灰盆に音を立てながら置いた。

「どうした?しばらく会えなくて寂しくなったか?」
「・・・そうじゃねえけど、今日はお前に会いたい気分になったんだよ」
「ほお・・・そりゃえらく可愛い事言うじゃねえか、なあ?銀時」

言って右手を銀時の頭に乗せ己の胸に縋り付く銀時を嬉しそうに見つめる高杉。
銀時の表情は隠れていて分からない。
だが高杉にとっては銀時の行動と言葉だけでも十分満足そうに見えた。

(まさか・・・あの二人できてたっスか!?)

未だ混乱する頭で極力冷静に思考を巡らそうと必死なまた子だが、如何せん自分が好いていた男がよりにもよって他の男、しかも敵である者と恋仲という衝撃の事実に意識はノックアウト寸前だ。
何だか複雑な気分のまた子をよそに銀時は彼女が知らないもう一つの事実を口にする。

「・・・お前さ、今日誕生日だろ?」

(・・・誕生日?)

耳に届いた単語にまた子がキョトンと目を瞬せる。
誕生日?誰が?
混乱に混乱が重なりもはや正常に思考が働かないまた子は誕生日の主がこの場でただ一人しかいない事実を飲み込めなかった。
その代わりに誕生日と言われたもう一人の彼――高杉は思い出したように返事を返す。

「・・・ああ、そういえばそうだったな」

本当に失念していたような口ぶりに銀時は呆れたように息を吐いた。

「呆れた・・・自分の誕生日くらい覚えとけってんだよ」
「生きる上で必要のない事だからな・・・だが、正直俺はテメエが覚えていたことが意外だったがな」

「くくく」と楽しそうに笑う高杉に銀時は恥ずかしそうに耳を真っ赤に染めながら「うるせー」と言い放った。
銀時は取り直すように咳払いし、高杉の胸に顔を埋めたまま己の胸の中に収まる袋を漁り始めると、それに気づいた高杉がニヤリと笑う。

「なんだ?もしかしてプレゼントでも持ってきてくれたのか?」
「ああ、これが俺からの誕生日祝い・・・」

一瞬銀時の言葉の間に身震いしたまた子はまさかと焦り始めた。
あの袋の中身はまさか高杉を殺すための暗殺道具でも入っているのではと、疑念が脳内を過ぎりまた子は腰の銃を引き抜き扉を乱暴に開けた。

「晋助様・・・ッ!!」

が、それより一歩早く銀時が袋の中身を手に高杉を見やる。
その間高杉は刀も持たず無防備だ。

「高杉・・・誕生日おめでとおおおおおおおおおおおおおおお!!」

――ドパァン!!

何かが潰れる音と共に銀時の手に収まる何かは綺麗な直線を描き高杉の顔面に叩きつけられた。

「・・・」
「・・・」
「・・・」

室内に沈黙がおり、現状を確認するようにまた子は静かに高杉を見やる。
そして当の高杉といえば無言で己の顔からボタボタと落ちる物体に手を這わせ、それを確認する。
その物体とはコントでお馴染みのあのパイだった。
間抜けた高杉の姿にいち早く爆笑を上げたのはパイを投げた本人。

「ギャハハハハハハハ!!サイコーお前!!」

笑い死ぬんじゃないかと思うほど腹を抱え声を上げて笑う銀時を高杉は無言で見やってから「・・・これは?」とようやく言葉を口に出す。
それに馬鹿をみるような目つきで銀時は心の底から不敵に笑むのだった。

「サプライズだよ、サプライズ。油断させといてテメエの顔面にパイぶち込んでやるヤツ」
「・・・なるほど」
「くくく・・・あー、おかしい。なー?写真とってもいい?新八達に見せたいからよ」

と、言いつつ懐から使い捨てカメラを取り出す銀時に高杉はグチャグチャに潰れたパイをぞんざいな手つきで落としながら「いいぜ」と了承の意を返した。
が、あの高杉がそんな返答を返すはずなどない。
怒りの炎を隻眼に宿しながら、銀時が持ってきた残りのパイを引っつかむと勢いそのままに銀時の顔面にストレートを叩き込んだ。

「テメエの淫しい白濁まみれの姿をな!!」
「ぶっ!」

お返しとばかりに投げられたパイは目標を誤る事なく銀時の顔面に直撃。
それに銀時も高杉同様怒り心頭な様子で続けてパイを投げ返す。

「てめっ、何すんだ!」
「そりゃこっちの台詞だ!犯すぞ」
「やってみろ!」

結果、室内の宙を飛来するパイと罵詈雑言にまた子は巻き込まれないよう静かに扉から外に出た。
そしてどこか爽やかな顔色で遠く見やる。

――うん、今日も江戸は平和だな
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