短編小説

□夜叉の往き着く先
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次の戦まで数日と迫っていた。
松陽の死を目の当たりにしてからもう数日が経った。
世界は今まで通り変わらない。
松陽を失ってさえも世界は松陽の存在を忘れてしまったかのように平然と過ぎていく。
それがどこか憎らしく、また羨ましいとさえ思えた。
銀時は戦に関わる作戦会議を所々朽ち果て今にも倒壊しそうな廃寺の一室にある薄汚れた柱に背を預けながら聞いていた。

「では次の作戦、主力部隊はいつも通り銀時に。高杉、お前は左翼部隊について敵の動向に気を配れ」

的確に作戦の指示をする桂は松陽を失った時と同じ冷静さを装い気持ちを切り替えるようにして、己の役割をこなしている。
対して高杉はというと、纏う雰囲気と表情に刺々しいものを含め瞳はギラギラと獲物を狙う獣の色を宿している。
対照的な態度の二人だが一つ共通している事はどちらも松陽の死を受け入れ次に自分たちが起こさなければならない行動を理解している事。
ならば俺は?と、銀時は胸の空洞を感じながら自問する。
自分は松陽の死を受け入れた筈だ。
だがそれは同様に戦う意味を失った事になる。
松陽奪還は成し遂げられなかった。
生きて再びあの人に会える事は叶わなかった。
ならば俺はこれから何の為に戦えばいいのだろう?
意識が遠くに飛んでいく。
自分の戦う理由、それがいくら考えても分からない
それ以前に俺はあの人の死を本当に受け入れているのだろうか。
彼の人は今もどこかで生きているのではないのか。
そんな目眩のするような希望を抱いている自分は滑稽だろう。

辺りにざわめきが広がり、いつの間にか作戦会議は終わっていた。
皆が重々しく腰を上げ雑談を交わしながら次々と退出する中銀時は未だに古びた柱に背を預けている
意識を己が作り上げた空虚な世界に向けていた為、周りからは眠っているように思われていたのかもしれない。
誰も銀時に構うことなく去っていくのだから。
だがぼんやりする意識も乱暴に肩を揺すられた事により現実に引き戻された。

「銀時、大丈夫か?」
「……あ?」

薄れていた意識を手繰り寄せ銀時は傍らに膝を付く桂に視線を向ける。
心配そうに茶色い瞳が揺れ銀時を捉えてくる。
銀時はようやく室内には己と桂だけが取り残されている事に気付いた。
普段から色白の銀時だが最近はさらに顔の色が蒼白いと心配してくる桂に銀時は極力普段通りに笑ってみせる。
が、桂からしてみればその笑顔には覇気が感じられなく見えたので眉を寄せられた。

「大丈夫だって。ちゃんと作戦通りやるからさ」
「だがな……松陽先生の事を気にするなとは言わないが、夜くらいはちゃんと眠ってくれよ?あと飯もだ」
「お前は俺の母ちゃんか」

茶化すように笑う銀時の顔を桂は見つめながら小さくため息を吐いた。
そして静かに立ち上がると己の目元に指を指す。

「目の下の隈、酷いぞ。今夜は早めに寝ろ。明日は激しい戦になるからな」
「はいよー」

障子が閉じられ薄暗くなった室内を照らす行灯が頼りなく炎を揺らめかせる。
小さな明かりでできた銀時の大きな影が僅かに身じろぐ気配を見せた。

「また戦か……」

ポツリと呟かれた言葉は誰の耳にも届くことなく広い室内に霧散していった。

「寒いな……」

季節は春になり桜も咲き誇る頃に、気候で寒いというのはあまりない。
だが銀時は短く身震いをし、縮込むように体を丸め両手を抱き寄せた。
腕の間から覗く紅い瞳が濁った色でささくれた畳を見下ろす。

「会いたいよ……先生」








寒い。
嗚呼、寒い。

会いたい。
あの人に会いたい。

どうすれば会えるのだ?

嗚呼、そっか。

会えないのなら、会いに行けばいいんだ。
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