短編小説

□笑顔
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昨夜土方が帰ったあと、銀時もほどなくして帰路へとついた。
その帰り道足取りは軽やかで、道行く野良犬の濁った眼にその姿が映る。
銀時はまるで綿菓子のように甘い夢に浸っているのではないかと錯覚するほど、自分の今の心境に酔っていた。
時折こんなに上機嫌でいいものか。
明日は天変地異でも起こるではないのか?と、ふわふわする頭で危惧するが、そんな事よりジャンプが売り切れる事への懸念の方が強かった。
家に帰り少し寝たら朝一でジャンプを買いに行こう。
今ならつまらないギンタマンも楽しく読める気がする、……まあそれはないか。
そしてあわよくば土方に会えたら先ほどの事をもう一度訊いてみよう。
きっと本人は顔を真っ赤にして誤魔化すだろうが、その時は銀時からもう一度告白しよう。
なんだか「好き」という言葉を居酒屋で連呼したせいで軽い言葉になった気がするが、自分も真顔で相手に告白するほど初心ではないので多少軽めに見られた方がいいのかもしれない。
満点の星空に銀時の吐く吐息だけが白かった。



あれから結局家に着いたら酔いのせいで爆睡夢の中。
気付いた時には正午過ぎだった。
銀時は慌てていつもの着流しに着替えると朝食兼昼食を抜いて近くのコンビニへと駆け出していた。
しまった、寝坊してジャンプを買いそびれてしまう、と危惧していた事が現実になりつつある己の失態に舌打ちする。
案の定、暇なジャンプ愛好家たちによりコンビニのジャンプは綺麗さっぱり売り切れてしまっていた。
残っていたのはくたびれた赤マルジャンプのみ。
盛大に気落ちする銀時は気持ちいい布団の温もりを今は恨みつつ、仕方なく少し遠くにあるコンビニに向かう事にした。
こんな事なら最初からスクーターで来れば良かったなどという後悔をその後ろ姿に宿しながら。
ブラブラと足取り重く二軒目のコンビニを目指す銀時の背に声がかかったのはその時だった。

「よぅ、銀時」
「……へ?」

不意に呼ばれた名前は己のだが、背後から聞こえた声の主に銀時は驚いた。
何故ならその主は今まで銀時の名前を本名で呼んだという事がない。
いつも「万事屋」と、店の名前で呼んでいたから。
その事に驚く銀時がゆっくりと振り返ると、そこには愛しい土方が佇んでいた。

「土方」
「何をボーっとしてやがるんだ?銀時」
「いや……え、っと……お前が俺の名前呼ぶなんて初めてに近いからつい……」
「そうか?俺は前からお前の事名前で呼んでたつもりだがな」
「あ、そう……だっけ?」
「嘘だ。ばーか」

目の前に立つ土方は普段から見せないような笑みを銀時に向けてくる。
名前の事といい、その笑顔といい。
やっている事は土方本人なのだが、どこか別人のように感じてしまう。

「なんか雰囲気変わったな。別人みてぇ」
「……そうか?俺はいたって普通だぞ」

微笑を張り付かせながら土方は答える。
一瞬の違和感が銀時の脳内に過ぎったが、すぐさま視界いっぱいに広がる土方の顔が紅玉に映り込みその疑問を振り払った。

「な、なんだよ」
「銀時。昨日言えなかった事を、今なら言える気がする」
「え、え……?」

昨夜の動揺を感じさせない土方の態度に、逆に今度は銀時の方が動揺を起こす番だ。
迷いない動作で土方の右手が銀時の頬に優しく触れた。
ドクドクと耳朶に届くほどの己の鼓動が聞こえる。
収まりがきかないほど激しく、不規則に暴れる心臓。
戸惑う銀時の顔を覗き込む土方の口から脳髄に響く心地よい低音が。
その声でそっと囁かれる

「愛してる、銀時」

ただ一言。
たった一言のその言葉に銀時の顔がみるみる真っ赤に染まっていく。
え?昨日俺が告白した時はコイツが顔真っ赤にしていたのに。
なんで今度は俺が赤くなっているんだよ、と脳裏で混乱が渦を巻く。
それが顔に表れたのか、土方がクスリと笑うと添えていた右手を銀時の白く細い顎に移した。

「混乱しているテメエも可愛いな、銀時」
「なっ……か、かわいい?」
「ああ。お前はほんとに可愛いな……キスしたくなる」
「!!」

パクパクと開閉する銀時の口唇に親指を乗せ土方はゆっくりと己の唇を寄せる。
逃げられないよう顎に添えられたままの右手を強く固定して。
首を左右に振れない銀時は近づいてくる顔から逃れられない。
だからと言ってここは公衆の場。
男二人がここでキスをするのは何かと悪い噂になりかねない。
第一死ぬほど恥ずかしい。
ならばやる事はひとつ。

「ちょっとタンマアアアアアアア!!」

自由な両手で土方の口を無理矢理塞ぐ事だ。
目を見開き驚く土方。
二人が硬直する中、見ていた野次馬たちがつまらなそうに舌打ちをしてその場から離れ始めた。
それを睨むように確認してから銀時は土方に向き直る。

「てめっ、どういうつもりだ!!こんな公衆の面前でキスかまそうなんて!」

羞恥もあるがそれと同様に憤怒もこみ上げてくる。
好意のある相手よりも今は体裁が心配なのである。
銀時の怒りを露にした表情に土方は不思議そうに瞬きを繰り返す。

「どういうつもりって、好きだからキスしようと思っただけだろ?」
「場所をわきまえろ!こんな所でオープンにやるやつがあるか!!」
「俺は恥ずかしくねえが?」
「俺が恥ずかしいんだよ!!」

ぜーぜーと荒く喘鳴する銀時。
叫びすぎたせいで喉はもうカラカラだ。
目の前にいる土方のせいでいつも以上に疲れるのは何故だろう。
普段なら己が土方を困らせ疲れさせている気がするのに。
あ、言っててなんだか悲しくなってきた。
とにもかくにも銀時は土方に落ち着くように言い聞かせる。
その際逆に土方に落ち着けと言われたが。

「とりあえず俺は今のやりとりでどっと疲れが出た……。テメエ責任とってパフェ奢れ」
「別にいいがその前にお前に答えてもらいたいんだが」


「何を?」と問えば土方がニヤリと笑いかける。

「銀時は俺の事が好きか?」
「は?」
「まだ銀時から返事をもらってないからな。だから訊いた」
「いや……好きも何も昨日言った、はず」

落ち着きかけた動揺を再度復活させるような事を訊く土方を内心殴り飛ばしてやりたいと強く思う。
銀時が昨日言ったと言えば、土方は今ここでもう一度言えと食い下がる。
言った、言え。
言った、言え。
その押し問答に銀時が根負けしたのはすぐの事。
やっぱり今日のコイツはちょっとオカシイのではないのか?
そんな疑問が浮かぶ。
昨夜は酒の勢いもあって言えたことなので改めて言うとなると昨日はなかった気恥ずかしさがこみ上げてくる。
いなくなった野次馬はいつの間にか復活し、まるで野外コンサートを応援するどこかのグループのファンのように声を揃えてはやし立ててくる。
恥ずかしい。
メッチャ恥ずかしい。
穴があったら入りたいとはまさにこういう時に使う言葉なのだろう。
先人たちのことわざというのは奥が深いものだ。
一人納得していれば、野次馬たちが更に煽り始める。
くそッ、やっぱり恥ずかしい!
しかしここで言わないと土方がいつまでもネチネチと煩い。

「銀時」
「……ッ」

土方の薄く弧を描いた口唇が銀時の名を呼ぶ。
まるで催促されているようだ。
もうやけくそだ!
銀時は羞恥も何もかも丸投げする勢いで叫んだ。

「テメエの事が好きだバカヤローー!!」
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