+六道骸×雲雀恭弥+

□+I need to say it!!+
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 塗り潰される。


 黒く。


 塗り替えられる。


 赤く。


 僕は、少年に呟いた。
 五、六歳のどこか年齢にそぐわぬ大人びた雰囲気を持つ少年に。


 もう、見たくない。
 こんな世界、醜すぎる。
 何度も何度も、同じ過ちを繰り返し、その先に救いなどない。


 少年は、右目にガーゼを当てていた。
 ぺりぺりと、ペーパーテープをはがし始める。
 隠されていた右目が現れた。
 閉じられた右目を彩るように、痛々しい縫い跡がある。


 ならば、壊してしまえばいい。
 みんな、みんな、あの時のように。


 ゆっくりと、右目が開かれる。
 その時、僕は本能的に思った。
 見たくない。

 僕の焦りを無視するように、少年の抑揚のない声がこの空間に響く。


 世界が、こんなにもとるに足らぬものならば、消してしまおう。


 開かれた右目は、左目と色が違う。
 深い青の左目と昏い赤の右目。そして、右目に刻まれた、六という文字。


『じゃないと、自分が消されてしまいますよ?』


 オッドアイ。
 見覚えのある顔。

 僕が、僕を見ていた。


「っ――――!?」


 体が、勢いよく起き上がる。
 反射的に口を押さえた。
 それは、自分が声にならない悲鳴を上げているから。

 心臓が早鐘の様に拍動を刻んで、額にじっとりとした汗が浮かぶ。
 はりつく感覚がうっとうしくて、髪をかきあげた。


「っ、はあ……はあ……」


 いやな夢を見た。

 自分を落ち着かせるように、大きく肩で息をする。
 それでも一向に落ち着かなくて、僕はしばらく深呼吸を繰り返した。


 いったい、どういう夢なんでしょう。
 まったく、わけがわからない。

 なぜ、幼少の自分が現れるのか。
 あれは、消してしまいたい記憶なのに。


 ようやく呼吸が落ち着いてきた骸は、周りを見回した。
 仄暗い部屋。まだ、目が暗闇に慣れていないが、おぼろげなシルエットでここがどこかわかった。

 応接室。
 彼の、部屋。


「………!」


 応接室だと分かった瞬間、僕ははじかれたように周りを見回した。この部屋の主を探す。
 部屋には暗闇が広がるばかりで、動くものは一つもない。


 どうやら、いないようだ。


「……はあ…」


 口から、安堵とも落胆とも取れないため息が漏れた。
 自分のみっともない姿を彼に見せずに済んだという安心と、すこしの、なんというのだろうか、寂しさが胸を締めつける。


 骸は自分の記憶をたどるようにこめかみをたたいた。

 確か、いつものとおりこの部屋に来たけれど、その時も恭弥はいなかった。待っていれば来ると思いながら、何気なくこの長椅子に座ったことは覚えているが、そのあとのことは覚えていない。
 ……どうやら、いつの間にか眠っていたみたいだ。
 疲れ、ていたんでしょうか。


 骸は再びため息をついて、長椅子に座りなおした。
 その時、くしゃっと布擦れの音がして、柔らかな感覚が太ももを滑って床に落ちる。
 何かと思ってそれを持ち上げると、広がる闇よりも暗い布だった。
 見覚えのある上着。

 恭弥の学ラン?


 ――――ガチャッ。


 扉の開く音がして、振り返ると、暴力的な光が差し込んできた。眩しさに、視界が白く染められて、幾ばくして誰が現れたかに気づいた。


「恭、弥?」


 名前を呼ばれた雲雀は、不機嫌そうに唇の端を下げる。


「起きたんだ」


「ええ、起きました……けど、恭弥、いったい何を持っているんですか?」


 雲雀は部屋の中へ入り、手に持っていたものを横の棚に乗せると応接室の電気をつけた。
 骸は眩しさに目を細めるが、さっきの強烈な光のおかげで慣れていたのか、そこまでつらくない。


「うなされてたから、これをかけてやろうかと」


 どうして、うなされている人間に、洗面器で水をかけるという思考に行きつくんだろう。
 まったく、彼の考えは謎だ。


「普通に起こしてくれればよかったじゃないですか」


「起こして(助けて)ほしかったの?」


 雲雀の言葉に、骸は眉をひそめた。


「別に、そうではありませんよ」


 骸は目を閉じて、息をついた。


 眠っている僕に、学ランをかけてくれたり、水をかけようとしたり。優しいのか、ひどいのかわからない。
 わからないからこそ、恭弥に惹かれているのかもしれない。


 自嘲的な笑いを浮かべた時、頬に何か触れた。
 体が、震える。
 反射的に体が動いた。


 ――――パシン!!


 小気味い音が響く。

 骸が目を開くと、わずかに驚いた顔をした雲雀が目の前にいた。
 顔のそばに、伸ばしかけの雲雀の手があった。

 骸は自分の顔に触れた雲雀の手を払った。


「あ、…いや、すみませんね」


 骸は弁明するように雲雀の手に触れようとするが、雲雀は伸ばしていた手をひっこめた。
 そして、腕組をしながら、骸のことを見下ろす。

 骸は見下ろされることがなんとなく不愉快だが、それよりも雲雀の機嫌を損ねてしまったことが気がかりで、雲雀のことを見上げる。
 ひばりは、冷ややかな視線を向けていた。


「君はわからないね」


 突然、雲雀が口を開く。


「僕も、君がわかりませんよ」


 おどけた口調で返すと、突き刺さるような視線がいっそう鋭くなった。
 雲雀は顔を傾けて、骸のことを見る。


「べたべたしてくるのに、肝心なところは見せない」


「僕は影のあるミステリアスな人間という設定ですから」


「……そうやって、くだらないことを言って、ごまかす。今日は、逃がさないよ」


「おやおや、それは怖いですね」


 骸は余裕があるというように肩をすくめて見た。
 内心では、逃げ道を探している。


「怖かったの?」


 知られたくない。
 だから話さない。


「まさか」


「でも、体、震えていたよね?」


 雲雀の手が骸の頬に添えられた。温かい手に、骸は自分の手を添えて雲雀に笑って見せた。


「見間違いでしょう?」


 知られたくない。
 本当の僕を知ったら、君は離れていくから。
 強い存在でなければ、君は僕を見てくれない。


 雲雀は骸のことをにらんだ。


「はぐらかさないで!」


 珍しく声を荒らげた雲雀に、骸はかける言葉を失った。
 違う。
 かける言葉が、奪われた。


「んっ――――!?」


 添えられていた手の指が絡む。
 雲雀の体がのしかかってきて、ソファーの背に体が押し付けられる。それでも雲雀は力を込めるので、ソファーが傾いだ。

 ぐらっという浮遊感。

 派手な音を立てて、ソファーが倒れた。

 遅れて、ごんと骸の後頭部が床にぶつかる。痛みに閉じていた目を開くと、目の前には白磁の肌に黒く長い睫が伏せられていた。
 こんな状況になっても、雲雀は唇を離そうとはしない。
 骸の体はソファーに座った体勢で、後ろに45度傾いている。その上に、雲雀の体が乗っかっているものだから、身動きが全く取れない。

 あいている手で雲雀の肩に触れると、それすらも絡めとられた。
 あまりにも力が強かったので、肩からごっきっと危険な音が鳴った。


「んっ、恭弥!!」


 さすがの骸も、抗議の声を漏らす。
 しかし、開かれた口に、ぬるりとした感覚が滑りこんだ。

 骸の色違いの双眼が見開かれる。

 探るでもなく入れられた舌は、口内を蹂躙し骸の舌に絡まった。
 嫌ではない、むしろ喜ばしいことなのだが、どうしても、雲雀の行動が理解できない骸は柳眉をひそめた。

 息苦しいのだろうか。目元を赤く染めた雲雀は強く目を瞑り、緩く眉間に皺を刻みながら舌を絡めた。
 ぴちゃりと跳ねる水音に、かすかに体が震えている。


 苦しいのなら、一度離れればいいのに。
 僕は逃げたりしませんよ。逃げれませんし、物理的に。


 重ねられている唇は、じんわりと熱を増す。
 どうすることもできない骸は、それなりに抵抗を試みた。
 しかし、雲雀の顔を見ていると愛おしさが募り、骸の抵抗も徐々に力のないものに変わる。


 しばらくして、本当に息苦しさが限界に来たのか、されるままの骸に満足したのか、雲雀の唇が離れていった。
 濡れた唇に、透明な糸が引く。

 二人の荒い息が、静かな応接室に響いた。


「ずいぶんと、積極的なんですね」


 骸の言葉に、雲雀は深い黒曜の瞳を細めた。


「積極的?何言ってるの?」


 骸の言葉が理解できていない雲雀に、骸の方が困惑した。


「え、だって、恭弥が僕に……」


「くだらないこと言ってないで、さっさと君のことを教えなよ。じゃないと、もう一度酷いことをするよ」


「…………」


 どうやら雲雀は無理やりキスすることが、酷いことだと思っているようだった。
 本当に、不思議な思考だ。いや、確かに雲雀にとっては酷いことなのかもしれない。
 いつも、嫌がっていますし。


「ですが、むしろ、僕は得をしているよう、っく!?」


 雲雀は拳でガスっと骸の頭を殴った。


「何が得なのさ」


 いや、これは事実を言わない方がいいのかもしれない。
 その方が、美味しい。


「いえ、なんでもないですよ」


 骸は誤魔化すように頬笑みを浮かべた。
 雲雀は納得してはいないものの、引き下がった。それよりも、重要な問題があったから。


「ほら、さっさといいなよ」


 首元にトンファーを突き付けられて、いよいよ身の危険がせまってきましたね、と骸は他人事のように思った。


 さて、本当にどうしたものか。


 骸はもとより自分の心なのかを見せるつもりはなかった。
 見せてしまえば、確実と言っていいほど雲雀が離れていく。

 そんなこと、するはずがない。
 自分が惹かれるこの存在を、手放すはずがない。


「僕は君に何を話せばいいのか、さっぱりわかりませんが」


「全て話せばいいんだよ」


「漠然的すぎますよ」


「いいから、話せ」


 雲雀は釣り目を更に釣り上げた。


「本当に横暴ですね」


 骸のあきれ声を、雲雀は気にも留めなかった。


「なんとでもいいなよ」


「それに、僕だけが話すのは不公平ではないですか?どうせ、君は―――」


「話してあげるよ」


「な……」


 誰かに自分のことを知られるのは、その人間に関わりを持つということ。
 関わりは時に鎖となる。
 他人に束縛されることを最も厭う雲雀が、自分のことを話すなどあり得ない。
 そう思って、逃げ道を作ったのに、それはやすやすと壊れた。


「冗談でしょう?」


「本気だよ。でも、僕が話す前に君からね」


 骸は戸惑いを隠せない表情で、視線をさまよわせた。

 雲雀は骸の肩に額を乗せた。骸の頬を雲雀のあちこちにはねた黒髪がくすぐる。
 ギュッと、からめらてた両手の指に力が込められた。
 本気で、痛いと思うほどの力。
 それでも、振り払いたくない。


「話して」


 雲雀は骸の耳元でささやいた。
 詰まるような息が、耳にかかる。


「知りたいんだ」


 短い、とぎれとぎれの言葉。


「もっと、もっと」


 ぎりっと、雲雀が奥歯を噛んだ。
 何を苦しんでいるのか、骸はわかっている。


「だって、僕は……」


 雲雀はわずかに体を起して、顔を動かした。
 鼻先がぶつかるかぶつからないかの距離で、骸の目を見つめる。
 その瞳に、はっきりと自分の姿が映る、そんな距離に。


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