+六道骸×雲雀恭弥+

□+磁石のように+
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 ポキッ。  
 シャープペンの芯が折れる音が、応接室に響いた。雲雀はどこかへ飛んでいった芯を視線で追うように顔をあげ、眉間にしわを寄せてから、シャープペンをノックする。  
 カチカチ、カチカチ。

「………」  

 カチカチ、カチカチ。  
 いくらノックしても、新しい芯が出てこなくて、蛍光灯に透かすようにシャープペンを持ち上げると芯が中に入っていないことに気づいた。

「チッ……」

 軽く舌打ちをして筆箱から、芯の入ったケースを取り出し、数本つまんでシャープペンに詰め込む。しかし、指先が震えて、思うように細い筒の中に入っていかない。だんだん雲雀は不愉快になってきて、投げやりに詰め込もうとすると、芯は指を滑り机の上に広がり落ちた。

「………フン」

「クフフ…」

 事の一部始終を見ていた骸は、面白がるように笑い声を上げた。

「君は意外に不器用ですね」

 器用そうに見えるのにとつぶやく骸に、雲雀は口角を下げて不満を表した。器用、不器用には頓着しない性格だが、この男に言われるとなぜか意味もなく腹が立つ。

「細かいこと、嫌いなんだよ」  

 雲雀は持っていたシャープペンを執務机の上に放り投げた。骸はそれを拾い上げて、やすやすと芯を詰め込んだ。

「こんなに簡単なのに」

「うるさい」

 雲雀は骸からシャープペンをひったくり、再び書類に文字を書き始める。

「おや、お礼はないのですか?」

「普通は、自分からお礼を求めたりしないよ。それに、君が勝手にやったことに、なんで僕がお礼を言わないといけないの?」

「それは、理不尽というものだ」

 骸が不満そうに色違いの瞳を細める。雲雀は満足げに、骸が不満そうにしているのを眺めた。
 この男を困らせるのは楽しい。
 なぜかといわれるとわからないが、骸のことには一から十まで反発したくなり、骸の思うどおりに進むことが癪だった。
 他の人間なら、どうとも思わないのだが。骸だけには、自分は執着する。
 そもそも、なぜ自分は骸にこだわっているのだろうか。なぜ、普段は人を招くことさえ珍しい、自分の縄張りである応接室に骸がいることを許しているのだろうか。まあ、半ば骸が勝手に居座っている面もあるのだが。

 わからない。
 それなら、それでもいい。わからないことの方が、自分の興味を引く。
 わかってしまったら、それはきっとつまらなくなってしまうのだから。なんとなく、この男から自分が興味をなくすのが嫌だった。

「ならば、僕はお礼を奪うとしよう」

 なにそれ。そんな言葉を言おうとした。意味がわからない。ちゃんと、日本語を話しなよ。
 それが、すべて、奪われてしまった。

 骸が素早く動いた。
 雲雀は、その行動に反応が取れない。 いや、動くことならできた。
 でも、あえて、動かなかった。理解できなかったのだ。なにをされるのか。

「――――」

 はじめは、

 近い、

 そんなことぐらいしか思わなかった。 

 だんだん、おぼろげに理解し始める。  
 右手で強引に顎が上向かされていて、骸の指先がやけに冷たい。なに、馴れ馴れしく僕に触れているのさ。それにさ、睫が長すぎじゃない?眼の中に入ったりしないんだろうか。気づくのは、そんなずれたことばかりで、肝心なことにまでなかなかたどりつかない。それだけ、雲雀の理解の範囲を超えた行動で、無意識に気づかないようにしていたのかもしれない。

 結局、唇が離れるまで、自分が何をされたのか気づくことができなかった。

「嫌、がらないのですか?」

 雲雀の行動を揶揄する声が、まだ近くにある骸から聞こえてくる。その視線が、何かを探っているように思えた。

「そんな、の…」

 なぜか、喉の奥がひりついて声がうまく出なかった。でも、それでよかった。
 知らないよ、だって、あまりにも急だったし…なんて、自己弁護をするような言葉を、思わずいってしまいそうだった。そもそも、なんてことしてくるのさ。そういう問い詰める言葉を言うべきだ。
 そう言おうとして、雲雀ははたと開きかけた口を閉じる。

 どうして、僕はトンファーを抜かないの?

 問答言わさず、骸を咬み殺すべきだった。普段の自分ならば、こんな辱めを受けて、冷静に言葉を言うような神経はない。即刻暴力に訴える。
 でも今は、そのタイミングを完全に失ってしまった。それに、驚いてはいるものの、至って冷静だった。いや、あまり、冷静ではない。自分の中はよくわからないものがぐるぐるとぐろを巻いて、とてつもなく居心地の悪い。もう、手当たり次第、殴って殴って、人間という人間を咬み殺してやりたいほどに。そんなに感情が暴走しそうなのに、僕は落ち着いていられる。

 まるで自分が何かを分かっていて、でも、その何かがわからないように。
 なら、仕方ないね。わからないのなら、考えたって無駄。
 僕がしたいようにするだけ。

 不思議と、したいことは見つかった。

「嫌がるとわかってて、したの?」

 しっかりとした声で問いかけると、骸は何度も瞬きを繰り返した。

「え?」

 それなら、話は別だ。

「―――!?」

 君の驚いた顔が、よく見える。
 雲雀は無理やり骸の頭を、自分の方に引き寄せた。
 当たり前といえば当たり前だろうけれど、自分でも驚いているんだよ。まったく、自分は何をやっているのだろう。 
 苦笑が漏れても、重なった唇を離そうとは思わない。

 二度目のキスで、一度目では気づかなかったことがあることを知った。

 唇の熱、柔らかさ、息苦しさに混ざる甘い香り。

 何より、胸の中心に、何かが注ぎ込まれるような感覚。温かなもので満たされていく。
 その感覚に、溺れていくような眩暈があった。夢中になっていく。

 なぜか、楽しんでいる自分がいる。

「おあいにく様だね。僕は全然嫌じゃないよ」

 僕は絶対に君の思う通りには動かない。

 ゲームを興じるように、雲雀は唇の端をゆがめる。
 骸も、それに乗ったように、悪戯な笑みを浮かべた。

「そう、ですか」  

 なぜ、骸はこんな殴ってやりたいほど幸せな顔をしているのだろうか。
 それよりも、どうして自分はこんな行動をとったのだろうか。

 きっと、僕は奪われるのが嫌だったんだろう。奪われるより、奪いたい。
 無理やりそう解釈して、雲雀は再び骸の頭を引き寄せた。今度は、躯も雲雀の首に腕を回す。

 ひとつ分、多い口づけ。
 一個多く、骸から奪う。
 三回目は、もう、骸以外を考えられなくなった。

 その本当の意味を知るときが、少なからず近づいている。
 そんな予感は、この時の僕には全くといってなかった。


[to be continued?]

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