+六道骸×沢田綱吉+
□+過ぎ去り未だ来ぬ+
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1.
オレは、裏切られたことがある。
『いかないで!』
「────ッ!?」
体にバネが埋め込まれたように、綱吉の体は素早く起き上がった。
ドッドッドッ。
心臓が早鐘を刻む。
「………はぁ…」
ようやく、それが夢だと気づき、綱吉は汗で湿り肌に張りつく髪をかきあげた。それは指に絡みつき、スルリとほどけていく。
ゆるゆると息を吐きながら、綱吉は再びベッドに体を沈めた。くしゃくしゃになっていたシーツが柔らかな音をたてる。
嫌な夢を見た。昔の夢。思い出したくない過去。胸に傷を負った時のこと。
父親が苦手になった理由は、あまり会わないからだけじゃない。
あれは、オレがまだ年端もいかない子どもだった頃、父さんが仕事で長期の海外旅行に出かけた。
その日、オレが母さんと一緒に父さんを玄関で見送った時、父さんは夜になれば帰ってくるものだと思った。
けれど、父さんは夜になっても帰ってくることはなかった。
次の日も、その次の日も。どうして帰ってこないのかと母さんに聞くと、『お仕事だからね』と少しだけ悲しそうに笑った。子どものオレはその言葉の意味を理解できない。ただ、父さんがもう帰って来ないんじゃないかと、言い様のない恐怖に囚われていた。
結局、父さんが帰ってきたのは一ヶ月後だった。
それも、たった二日しか家にいれず、またすぐにどこかへ行かないといけないらしい。
だから、オレは……また仕事に出かけようとする父さんの足元にすがりつき、泣きじゃくった。
『いかないで!』
泣いて、泣いて、声がおかしくなるまで泣いたのに、父さんは苦笑しながら、『行ってくる』とオレの頭を撫でて出ていった。
裏切られた。
子どもなんて視野が狭いし、我儘なものだから、目の前からいなくなっただけで相手は自分を裏切ったと思い込む。
無条件で信じていた人間に裏切られることはココロを抉る。それが、オレの勘違いや、思い込み、被害妄想だとしても、ついてしまったココロの傷はそう簡単には消えない。
父さんにはわからないだろうけど、あの時オレが感じた恐怖は身を切るより辛いものだった。そして、それはいまなお生き続けている。
今日は帰って来るんじゃないかと、眠い目を擦りながら玄関で待ち続ける。でも、気づいたら眠っていて、起きて父親の姿を探す。見つからなかった時、ひどい虚無感に押し潰されそうになりながらそれでも今日こそはと淡い希望を持ち続ける。
愛妻家と名高い家光は綱吉が生まれてから、仕事を控え妻と息子との時間をたくさん取っていたが、いよいよそういう訳にはいかなくなり、家光は綱吉が生まれてから初めて、長い間家を開けた。
それだけのことだったのに、オレは父さんを裏切り者だと思った。
もう少し聡い子どもだったならば、傷つかずに済んだのかな?
「はぁー、なんか嫌な感じ」
綱吉は寝転んだまま大きく伸びをして、ゆっくりと体を起こした。
目覚まし時計は午前三時を指している。もう一眠りといきたいところだが、どうも目が覚めてしまった。
「散歩でもするかな」
このままだらだらと起きていたら、絶対に午後から眠たくなる。雲雀さんとの手合わせの最中に眠気に襲われでもしたら───それこそ永遠の眠りになるに違いない。ここは、適度に体を動かして眠気を誘うのが無難だろう。
思ったらすぐ行動だろうと、綱吉はベッドから降りて靴を履いた。パジャマに運動靴というのはおかしな組み合わせだなと思いながら、扉を開く。
廊下はシンとして、プシューという自動扉の音がやけに大きく聞こえた。
誰かに聞かれていないだろうか?
ドキリとして、壁に張りつき辺りを見回した。
「って、オレは泥棒かよ…」
思わず自分の悲しい行動にツッコミをいれる。
「……はぁ」
綱吉は非常用の照明に照らされた薄暗い廊下を特にあてなく歩き出した。
静かな廊下に綱吉の足音が響き、自分の影が闇に溶ける。
獄寺くんの部屋を通りすぎ、山本の部屋を通りすぎ。みんな、今頃夢の中だろうなと、なんだか羨ましい気分になった。
でも、二人の眠りを邪魔しようとは思わない。いい夢を見て欲しいなと思いながら、綱吉は歩き続けた。
オレは今まで、人に心を開くことが出来なくなっていた。
大切な友人、山本や獄寺くんにも、ある程度の線引きをしている。
ここまではいいけど、これ以上はだめ。
それは、オレが自分のココロが傷つくのを恐れたから。
オレは壁を作っていた。
曇りガラスのように、朧気に向こう側が見えるけど、決して入ることが出来ない壁がオレのココロを囲んでいる。
それが、ようやく崩れ始めたのは、みんなのお陰だった。疑ってばっかりだったオレが、ココロ許せる友達に出会った。初めは、全然信用できなくて、他人行儀になっていたけど、少しずつ変わっていっていると思う。
臆病者のオレが、全ての壁を取っ払うには、まだ時間がかかるだろうけど。
でもさ、なんにでも例外があるとはいうけど、まさか自分のココロにも例外があると思わなかった。
リボーン。
赤ん坊の癖に家庭教師とかいって、訳がわからなくて反発ばっかしたけど、思えば家族以外に反発とか自分の感情をぶつけたのは初めてだった。しかも、初対面でだ。普通は相手にしないものなのに、オレは突っかかった理由はわからない。
そしていつの間にか、オレはリボーンに対してココロを開いていた。多分、リボーンがオレの生活を決定的に変えた人間だったからだろうな。憧れていた京子ちゃんと話せて、転校してきた獄寺くんとクラスの人気者の山本と友達になれて、あと───まあ色々とごたごたも引き連れてきたけど、リボーンには本当に感謝していた。
感謝の気持ちがココロを開かせたんだろう。
もう一人、例外がいる。
そいつがどうして例外になったかは、永遠の謎だ。
だって、出会い方は最悪中の最悪だよ?周りから聞いた話から、印象にいいところなどひとつも存在しない。……別れ方すら、後味の悪いものだった。
そいつの名前は、六道 骸。
疑いようがないくらいはっきりとした敵だった。
「それが、今や……」
骸と再会を果たしたのは、リング争奪戦の霧のリングを賭けた戦い。
クロームという娘の力を使い骸が現れた時に見たヴィジョンから、その後どうなったのかを知った。リボーンは同情するなといったし、オレだって骸のしたことは許せなかった、許せなかったはずなのに……骸のことが心配になった。
戦いが骸とクロームの勝利に終わり、力を使いすぎた骸は復讐者の地下牢へと戻り、気絶したクロームが残された。
会話という会話はなかったけれど、骸がどうにか無事そうで安心した。
でも……その日から、オレはおかしくなった。
毎日のように骸が夢に出てくるのだ。普通、夢なんて二日に一回覚えているから覚えていないかなのに、最近は夢の内容を細部まで覚えている。しかも、夢の中の骸はとてもリアルだった。夢なんだから、自分の思い通り……いや、思い通りになったところで何もないんだけどさ、脚色されてもいいのはずなのに、ホント骸そのもので…。芝居がかった胡散臭い性格がもう少しましになればいいのにともらすと、失礼ですねボンゴレは、紳士的ないい性格だと僕は自負していますよと、いかにも骸らしい返答が返ってきた。
全く、おかしな夢だ。
夢の中では、オレは骸とただくだらない話をしていた。それだけだったのに、いつしかオレは夜に夢で骸と話すのが楽しみになっていた。
それがなんだか認めたくなく、腹立たしくなった。 なぜかオレは骸相手に真っ直ぐな感情をぶつけることができた。出会いが、敵同士だったからだろうか?
わからない。
わからなくてもいい。
感情をぶつけられる存在は、気を使わなくてすむから……楽で。なぜか、こいつの側は心地よくて……。
ますます、オレは複雑な感情を抱いた。
ある時、突然ではあるが、限界が来たようにオレは骸に八つ当たりをした。
自分の感情を掴みかねて、全てを骸のせいにした。
こういう時、なんの遠慮もなく感情をぶつけられる相手というのはよろしくない。
よろしくなさすぎた。
口を滑らせて余計な言葉を言ってしまった。
オレは夢の中の骸に、完璧告白していた。
いや、オレにそんなつもりはなかった。感情に任せて、思いつくまま骸にいってやったら、結果的にそういう言葉になっていた。
……ってことは、自覚してなかっただけで、オレは骸のことが──ッ!?
まあ、唯一の救いは、これが自分の夢だということだと、なんども言い聞かせていると……実は、僕は本当に六道 骸なんです、とかいいやがってさ。訳わかんねぇよというと、幻影散歩していたら丁度よく君の世界に入れまして……いや、招かれたといった方が相応しいですかねってオレはお前を招いた覚えはないから。
それでも、オレは骸の言うことが本当じゃないかと考え始めていた。だって、骸がリアルすぎるし、オレにこんな想像力はない。ってことは、オレは真面目に骸に告白しちゃったってこと?はい、そうみたいですねと骸は涼しい顔で言いやがった。
ヤバイ、今すぐ頭うって死にたい気分だ。
オレはとりあえず逃走を試みた。
忘れよう、忘れることが精神衛生上一番相応しい選択だ。
でも、オレは骸に捕まってしまった。たった一歳しか違わないのに、体格が余りにも違いすぎて、オレの体はすっぽりと骸の腕に収まった。僕の答えは聞かなくていいんですかとわざとらしく耳元で囁きやがって、気持ち悪いと声をあげると、罵りに喜んだような笑みを浮かべた。
こいつ、変態だ。変態からは、逃げるのがいいと手足をバタつかせると、抱きしめられる腕に力がこめられた。
なんでお前、男を抱きしめてるわけ?あっ、そういえばお前、イタリア人だもんなと、せめて頭の中で現実逃避をした。夢の中で現実逃避するっていうのもおかしな話だけど。
さて、僕の返事ですがと、もったいつけた口振りで骸が話し始め、オレの現実逃避は加速した。あっ、コーラ飲みたいな、急にそんな気分になっていると、僕も同じようです。え、骸もコーラ飲みたいの?聞き返したオレに、骸は怪訝そうに顔をしかめて、何ばかなことをいってるんですか、僕のせっかくの告白が台無しじゃないですか────
とまぁ、ながったらしい回想はここら辺で、切り上げて、いつの間にかオレと骸は恋人同士ということになっていた。
うん、何かの間違いだろう。そう思いたかったけど、次の日も夢に骸が現れて、ああ、悪夢じゃなかったんだと理解した。
恋人といっても、あいつは今牢屋にいるから、夢の中以外で会うことはない。骸はクロームの力を借りて実体化することが出来るが、膨大な力を消費するらしく……つか、たかだかオレと会うためにそんなことしないから。
夢は記憶こそ残るが、感覚はひどく曖昧だった。
触れているはずなのに、まるで水を掴むようで───口づけさえも消えてしまうようなものだった。
「いつの間にか、すごいところまできたな……」
綱吉は驚嘆とも、呆れともとれる声を漏らした。
綱吉達の寝所は地下六階にあるが、ここは地下十四階だった。これから部屋に戻れば、くたくたになって朝までぐっすり眠れるに違いない。
「よっし、戻るか」
掛け声をかけて、来た道を戻ろうとした綱吉は自分の目を疑った。
コンクリートの壁が揺らめいていた。まるで水面に小石を投じたように。
やがて、何もなかった場所に扉が現れた。いや、扉は現れては消え、また現れる。それは、霧に隠されたているように思った。
────霧。
あいつの顔が浮かぶ。まだ十年後に来てから会っていない。自分の恋人の未来の姿。実はかなり気になっている。
ムクロウという骸に関係あるらしい動物が雲雀さんにストーカー行為を行っていたとは聞いたけど。……、それが本当なら、自分は骸と別れることになったんだ。
ジクリと胸が痛む。
オレは痛みを振り払うように、揺らめく扉を開いた。