+雲雀恭弥×沢田綱吉+

□+甘く、淫らに、我儘に+
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1.


 雪がちらほらと舞い始める。
 でも、積もる前に溶けてしまうから、空気は白く色を染めても、景色はホワイトクリスマスにはほど遠い。
 まあ、自分の部屋からぬくぬく暖まりながら、外を眺める自分達に情緒もなにもない。そう思いながら、湯気の立つココアが入ったマグカップを握っていたのだが───

「ヒバリさん……、今、なんて…」

 綱吉は何度も栗色の瞳を瞬かせた。思わず、マグカップを落としそうになってしまい、慌ててテーブルに置く。
 その様子を眺めていた雲雀は、意外に長い睫が目に入ってしまうのではないかと、ぼんやりと考えていた。

「聞き取れなかったの?君、耳が悪いね」

 雲雀はため息をついて、コーヒーの入ったマグカップを手に取る。

「いや、そうじゃなくって理解できないんですよ」

「頭も、悪いわけ?」

「そうだけど、そうじゃなくて!!」

 綱吉は聞いてくれというように、ぶんぶんと握った拳を振った。
 どことなく、駄々をこねる子供に似ている。というより、外見だけは、子供そのものだと思う。

「わけわかんないですよ、ヒバリさん!!」

「そう?」

 片眉を上げた雲雀は、コーヒーを口の中に流し込んだ。

「だって、だって……」

 綱吉は小さく息を吸って、雲雀のことを見上げた。

「いきなり、荷物をまとめろなんて、いったいどういう状況で言われるんですか!?夜逃げじゃないんですから!!」

「別にそんなことはいってないよ」

 飲み終わったコップを机の上において、雲雀は口の回りをペロリと舐めた。

「ただ、荷物をもって僕の家に来いっていってるの」

「それは、えっと、…ヒバリさんの家にお泊まりという…」

「そうなるね」


 ドクンと綱吉の心臓が飛びはねた。首の辺りの血液が、頭のてっぺんまで昇っていく。
 真っ赤な顔で、目と口を閉じたり開いたりする綱吉を、雲雀は片手で頬杖をつきながら、面白そうに眺める。

「別に、住んでもいいんだよ?そろそろ、この家に来るの大変になってきたし」

「それは、ヒバリさんが窓から入ろうとするからで…」

 ジャリジャリとした氷がうっすら積もる屋根を登ることは、さすがの雲雀でも大変らしい。

「玄関、開いてないじゃない」

「それは、いつも夜中に来るからですよ」

 それに、普通は玄関の鍵を開けっ放しにする家はないだろう。

「君、ここの鍵は開けててくれるでしょ?」

 雲雀は横目でカーテンのしめられていない窓をみる。

「ヒ、ヒバリさんのためじゃなくって、それは、すぐ窓を開けれるようにですね…」

 綱吉は視線を斜めに泳がせて、唇を尖らせた。
 その仕草が、どことなくキスを求めているように思えて、雲雀は身を乗り出しかけた自分を自制する。

「こんな真冬に?」

「うっ」

 換気は大切なんです!!と、綱吉は頑張って言い張っていたが、雲雀は意地の悪い微笑みを浮かべるばかり。根負けした綱吉は、ヒバリさんのためですとのろのろ白状した。

「もっと、素直になりなよ」

 あなたには言われたくないです。綱吉の小さな呟きは、ココアの中に溶けていく。
 再び持ったマグカップの縁に口をつけたまま、上目のじとっとした視線で雲雀のことを見た。

「ほら、早く荷物をまとめて」

「もっと簡単に、泊まりに来いとか言ってくれればいいじゃないですか。なんだか、家を出てくみたいに聞こえます」

「だって、出てくんでしょ?」

「それはそうですけど…」

 ヒバリさんがいうと、この家を出てしばらく戻ってこないように聞こえてくるんだ。
 それよりも、自分はまだ泊まりに行くか行かないかの返事をしていないのに、もう泊まることが前提で話が進んでいるのは何故だろう。でも、行かないわけがないから、問題ないんだけど。

「一泊くらいでそういうふうなことは、言いませんよ」

「誰が、一泊っていったの?」

 雲雀はパチンと綱吉の鼻先を指で弾いた。
 結構痛くて、うきゃっと悲鳴をあげた綱吉は、鼻を押さえながら雲雀に問い返した。

「違うんですか?」

 有名なトナカイのようになった少年に、クスクス笑いながら雲雀は言った。

「学校が始まるまでだよ」

 小さく、とりあえずとつけ足したのは聞かなかったことにして、綱吉は壁に掛かったカレンダーに目を移した。

「…6、8、10……」

「21日間」

 雲雀の言葉に、一拍置いて、綱吉はかくんと頷いた。

「泊まりすぎじゃないですか!」

 もう、泊まるというより、暮らすだと思う。

「だって、せっかくのクリスマスなんだよ?」

 それは、今日に限ればクリスマスイブで、明日はクリスマスである。

「それなら、そこまで長く泊まる必要ないですし…」

「せっかくのお正月なんだよ?」

「オレは、ヒバリさんがクリスマスとかお正月とか、そういうものを祝うなんて驚きです」

「ワオ、失礼だね君」

 言葉の割りには、雲雀は不機嫌そうではなかった。それどころか、嬉しそうだった。

「でも、それは間違いじゃないよ」

 雲雀は薄い唇を釣り上げ、流し目で綱吉のことを見た。なんとなく、色っぽいなっと思う仕草に、綱吉は頬が熱くなるのを感じた。

「じゃあ、なんでですか?」

「だって、口実だからね」

「口実?」

 雲雀は綱吉を引き寄せるように、肩に腕を回し、頬にかかる髪を耳にかけてやった。くすぐったそうに綱吉は目を瞑る。露になった耳に、そっと雲雀は囁いた。

「君を連れ去るための」

「連れ、去るって…」

 それでは、自分は誰かに囚われていないといけないことになる。

「赤ん坊とか、君の群れ…ああ、オトモダチだっけ?」

 軽い皮肉を感じさせる口調に、文句をいってやりたい気持ちをとりあえず押さえた。

「みんな、邪魔だからね」

「そんな……」

 半分ぐらいになったココアの入ったマグカップを机に置いて、隣の雲雀を見上げた。

「拒否したら、咬み殺す」

「それはもう、脅迫じゃないですか!」

 顔が近い分、迫力も数倍増しだ。

「ワオ、今頃気づいたの?」

「確信犯なんですか!?」

 てっきり、ヒバリさんは無意識に人のことを脅していると思ったのに。
 脅すことには変わらないけど、意識的なのと無意識なのでは、恐ろしさが違うのだ。

「クリスマスって、赤い老人がなんでも欲しいものをくれる日なんでしょ?」

 雲雀は突然話を変えた。

「まあ、大まかにいうとそんな感じですけど…」

「欲しいものが目の前にあるときは、直接持っていってもいいと思うんだけど」

 欲しいもの?

 パチパチと瞬きをして、綱吉は雲雀の顔を見た。
 心なしか、雲雀の視線が獲物を狙うような肉食獣のそれに思えて。

 って、オレですか!?

 欲しいとか言われて嬉しい、けれど、もの扱いされているのは、少し悲しかった。

「ダ、ダ、ダメですよ!!そもそも、サンタは人を拐いません」

「でも、欲しいときは?」

「サ、サンタにお願いしてください!」

 雲雀から逃げようと体をずらすが、肩に回された腕がそれを許してくれない。

「知らない人から、ものをもらっちゃいけないんだよ?そんなことも知らないの?」

 ヒバリさんはクリスマスを真っ向から否定した。

 綱吉は黙り込んで、どうしようどうしようと鈍い頭を回転させた。

「綱吉、いいでしょ?」

 腰を砕くような低い声に、ぶるぶると身を振るわせた。

 結局、オレがお願いされることになり。いや、それが普通なんだけれど。

「でも、一泊二泊じゃないんですよ?」

「22泊だよ」

 それは、今日から泊まるということだった。

「お正月だって、ヒバリさんの家なんですよ?」

「うん、そうなるね。だって───」

 もともと嫌じゃなくって、周りのこととか、常識的にとかいろんなしがらみを考えて言っているわけで、心の中ではとっても嬉しい。でも、即答できないのは、オレがヒバリさんほど自由には生きられないから。
 それをわかっているヒバリさんは、とどめの言葉を放った。

「───二人だけで、過ごしたいんだ」

 そんな風に言われてしまうと、オレは簡単にほだされてしまう。もしかしたら、ヒバリさんにもっと自分を求めるような言葉を言ってほしいから、こうやって嫌だを繰り返すのかもしれない。結構、自分はずるい人間だなっと心の中で謝って。

「……わかりました、行きますよ」

 綱吉は仕方なくという顔を作って、飲みかけのココアを一気に飲んだ。
 雲雀はクスッと微笑んで、綱吉の頬に唇を近づけた。

「行きたいですでしょ?」

 吐息と言葉が、頬を震わせる。
 雲雀の声に溺れそうになるのを、必死で足掻いた。

「違います…」

 バレバレなのに、意地を張って、嘘を口にしてしまう。
 綱吉は分かりやすいと嬉しくないけど評判の顔で、これ以上わかられてしまわないように、下を向いた。

「じゃ、やっぱり、やめようか」

 とっさに反応してしまう。もう、反射だった。
 綱吉はバッと顔を上げる。
 覗き込むような雲雀の顔が、とても近くに広がって。

「そんなに、来たい?」

 ニヤリ。
 そう微笑む音が聞こえた。

「なっ、○×△◇!?」

 おおよそ、日本語ではない声が飛び出した。自分でも何をいっているのかわからない。

 ヒバリさん、人をだますなんて酷い。なんて、ヒバリさんはオレのこと騙してなんていなくって、ただからかっただけで。からかわれたということは、理由があったということで。
 そんなに、ヒバリさんの家に泊まりたいという顔をしていたということなんだろうか?
 考えれば考えるほど顔から発火した熱が体をかけて、せめて見られないように必死で顔だけ隠した。

「もう、とにかく、行きますから!準備しますから!待っててください!!」

 熱いのはさっき飲んだココアのせいだと決めつけた。
 いつの間にか、ヒバリさんに家に来るように誘われたのに、オレが自分で行きたいと言いだしたみたいになっている気がする。いやもうこれ以上、何を考えたって無駄だ。オレの頭はそんなに賢くはない。それどころか、残念な感じの頭で。
 とにかく、オレだって、ヒバリさんと二人で過ごしたいんだから!!
 そう無理やりまとめて、オレはカバンに荷物を詰め込もうと立ち上がった。
 けれど───

「ああ、服はあんまりいらないかもね。ほとんど、着てないと思うし」

「───っ!?」

 ずるっと、滑るように床に転ぶ。
 それは、つまり、そういうことで。何いってるんですかヒバリさん!!
 オレはヒバリさんの言葉に、さらに赤くなってしまった。


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