REBORN!

□クラブ『X』秘密の花園
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自分の恋愛観念が他人のそれと少しばかり異なっていることに気が付いたのは、中学校の後半の頃であった。

所謂、世間で言う思春期という難しい年頃だ。
周りの友達はいったいどこからそんな情報を得るのか、異性の身体の事やセックスのことにやたら詳しくなっていく。下着姿の女の人や、時には加工修正したすっ裸の女の人の写真を机や部屋に隠し持っては女子の目を盗んでの情報交換。

そんなことが日々当たり前に行われていた。


いじめられっ子だったオレは滅多にその輪の中に入ることはなかったけれど、親しくしてくれた友達といる時はそんな下世話な話題もたまには上がっていた。




何を隠そう、当時のオレにもちゃんと好きな人がいた。

初恋のその人は学校でも有名な美人でオレなんか到底視界にも入れないような存在であったが、どうしてか彼女はオレの事を何かと気にかけて話し掛けてきてくれたように思う。

だからといって他の男子に嫉妬されることはなかったのはつまり…オレなんかが京子ちゃんの恋愛対象になるなんて誰も思っていなかったのだろう。




そんなわけで、その京子ちゃんがオレの初恋だと思われる。

京子ちゃんの姿を見ると心がフワッと癒されて、あの声で話し掛けられるとその日一日浮足立つように舞い上がったのを覚えている。

『触ってみてえよな…あのおっぱい』

けれどもその恋が他人と少し異なっていることに気が付いたのは、奇しくも男子の思春期エロトークの最中であった。

恋愛の話になると何故かその相手との触れ合いに発展して、経験したこともないキスの話題やその先の情事にまで至る。そんな話題展開に疑問を抱いたのが始まりだった。



確かに京子ちゃんのことは大好きで可愛いと思っていた。
けれども、触ってみたいとかキスしたいとか裸を見たいとか、そういう気持ちはあまり理解できなかった。

スカートの裾から覗くしなやかな脚を見ると「触りたい」と皆は言うけれど、自分の中ではそれよりも「羨ましい」という感情が先行していたのだ。

それはたぶん小さい男の子がヒーローに夢中になるとか、女の子が可愛いモデルを好きになるとか、そんな感覚に似ている。
当時のオレには、憧れと恋愛の区別がはっきり付かなかったのだろう。


それだけではない。
その頃、周りはグラビアを使って自慰を経験したと言っていた。
けれどもそんなものを見ても何の感動も抱かなかったオレは、結局誰かに性器を触られる想像をして自慰というものを覚えた。

しかも想像の中のその手は女の子のフカフカな手の平なんかではなく、何故か大きくて硬い、大人の男のようなものであった。













「ルッス、看板しまってきて」

「ええ」


そんな思春期を過ごし、オレもいくらか年齢を重ねてきた。

最初は戸惑いのあまり様々な葛藤があったし偏見にも曝された。
女の子は好きだ。けれども恋愛対象、つまり性の対象は男なのだ。

後ろめたさから本当の自分を隠そうとすると、いつこの性癖がバレてしまうかと意識し過ぎてどうしても友人とギクシャクしてしまう。
そんな時どこからかオレの性癖の噂が漏れてしまったりした日には、昨日までは友達だった人が今日には目も合わせて貰えないこともしばしばあった。


「ごめんなさい、今日はもう…ってあら、坊や」

「その呼び方は止めろ。…なんだもう仕舞いか?」

「いいえ、貴方で最後よ」

そんなこんなもあり、全てをカミングアウトをするまではとても地味な青春時代を送ってきた。

そう。オレの日常に、彼という存在が現れるまでは。

















「オレの目の黒い内に同伴だなんて…この世界で内輪の浮気はご法度だよ」


新宿歌舞伎町。華やかなネオン街のメイン通りから一本逸れた通りにその店はある。

クラブ『X』。知る人ぞ知る特別な大人の隠れ家である。


「やだママったら。アタシ年上専門なの知ってるくせに」


派手な服装に派手な髪型。夜中でもサングラスを欠かさない逞しい乙女、ルッスーリアは大袈裟に笑う。


「そうだったかな」


少人数で切り盛りする店だがその手の人々の間では密かに有名で、週末でなくとも客足が途絶えることはない。

特に“ママ”と呼ばれる人物はその道では知らぬ者がいない程、美人で有名な人物であった。

沢田綱吉。
彼女…いや、彼の本名である。

ここに店を構えてからずっと、ママは自分の本名を隠すことはしていない。女性らしくあることと同じくらいに、自分が男であることに誇りを持っているからだ。


「俺だってゴメンだぞ。ママ、いつもの」


ゲンナリしたリボーンの表情にクスリと笑い、綱吉は慣れた手つきでシェイカーを振るう。

カウンター越しの舐めるような視線を肌に感じると、不思議と舞台に立つ女優にでもなった気分になれた。
しかもそれが特別な人物のものとなると一塩だ。



この店のオーナーであり常連客でもあるリボーンは、綱吉にとって唯一無二の存在といえる。

学生時代、綱吉の性癖をまんまと見抜き、男にも女にもなれないでいた綱吉に「自分らしく」いることを肯定してくれた存在だった。
男性を性の対象にしていることに気が付いて苦しんでいた綱吉を理解してくれた、数少ない友人だ。

『喩えどんな相手でも好きになることは罪ではない。正すべきは、誰かを好きになった自分自身を軽蔑することだ』

彼はそう言った。
それは、その後の綱吉の人生の根底を築いた大切な言葉である。そしてその言葉をくれた人物に綱吉はもう何年も前から、2度目の初恋をしているのだった。





「何?またフラレたんだ?」


綱吉の前ではいくらリボーンとてポーカーフェイスが利かない。
最初の一口で隠し切れなかった僅かな荒れを見抜かれたリボーンは苦笑するしかなかった。


「モテるってのも疲れんだよ。ママなら分かんだろ?」


平日な上に閉店時間を過ぎた店内はひっそりとして、さほど広くない空間にリボーンの囁くような低音が満ちる。

ジャズより心地よいそれに溺れたくて、密かにBGMを絞る癖が付いたのは秘密だ。


「オレはモテたことなんてないもの」


「嘘吐け。ここの客の9割はお前目当てだろう」


座った状態からリボーンの悪戯な目線が向いて、危うい上目使いにクラリとする。
不意に唇を舐める仕草が堪らなく気を高ぶらせた。


「からかうなよ」


じゃあお前の目的は何なんだと、聞いてしまえたらどんなにか楽だろう。
ヘテロであるリボーンがこの類の店を経営し、あまつさえ客として堂々と出入りする理由を知りたい。

週一のペースでとっかえひっかえしている女性たちを連れてこないだけマシではあるが、世間体を思えば多大なるリスクが付き纏うだろうに。


「からかってなんかいないぞ。…なあ、ルッス」

「ええ。ママは自分の魅力に疎すぎるのよ」


奥でグラスを磨いていたルッスーリアが顔を出し、何かを含んだように笑って見せた。そして何気なくカウンターの灰皿を換えるとまた奥に戻って行く。

確かに、何もないところから始めたこの店もようやく軌道に乗ってきた。何も伝手がない綱吉がここまで伸し上がるのは至難の業だ。

実際、綱吉の手を引く形でこの大都会の片隅に居場所を与えてくれたのはリボーンであった。
大学を卒業したばかりのひよっこがいきなり店を出したのだからかなり無謀な冒険ではあるが、リボーンの手腕に掛かれば有り得ない話でもなかったようである。


リボーンは綱吉の実力だと言うけれど、綱吉はその度に首を横に振ってきた。
今の自分があるのは絶対に実力や努力の賜物なんかではないのだ。


「お前は綺麗だぞ」


細められた強い瞳から、綱吉は堪らず視線を外した。

とんでもない台詞をうっかり口にしてしまいそうなほど、その輝きに夢中にさせられる前に。




















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