REBORN!

□哀しくなどないのだから
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これ見よがしに敷かれた布団からわざと距離を保つように正坐をし、背筋をピンと伸ばして綱吉は座っていた。
どこからともなく聞こえてくる三味線の音色は気品に満ち、遠い島国の風情を思わせる。何を隠そう、綱吉はまさにその極東の国出身なのだ。


「ふふふっ…成程、あの方らしいわ」

「…笑い事じゃないです」


動くのに一苦労するだろうと此方が心配になるほど豪奢な着物を何枚も煽り、さぞ長いであろう帯を腹に飾る女は笑った。
引き摺るように着付けられているせいで朱色の襦袢の間から白い足首が艶めかしく覗いている。そこに時折感じる視線を無視して、遊女は左に持った煙管を気だるげに弄んだ。


「否定は出来ないでしょうに」


確かに。綱吉は思った。
ボンゴレファミリーという大所帯を束ねる次期ドンであるツナヨシサワダと言えば裏社会でその名を知らぬ者などいない。そんな彼が何故、真っ昼間から遊里に入り浸り、ましてや店の花形花魁を前に正坐をして俯いているのか。
それはかの最強ヒットマンによる画策に他ならない訳だが、自らの家庭教師のハチャメチャぶりには慣れっこの綱吉でさえこの状況には疲弊せざるを得ない様子である。


「こんなことが知れたらオレ…どうなっちゃうんだろ…」


今にも泣き出しそうな情けない声を上げる青年に苦笑を洩らし、遊女は仕方なく着物の裾を直して言った。
ここは人生相談所などではないのだが、噂に聞くボンゴレの新生ボスの、予想に反して庶民的な態度を見て興味が湧いたのだ。


「詳しく話してごらんなさいな」


そして綱吉は涙目で遊女を見上げて暫く逡巡した後、その重たい口を開いたのだった。

























綱吉と、その家庭教師であるリボーンが恋仲になったのは、意外にもこのイタリアに生活拠点を移してからのことであった。というのも、裏社会を締める若き次期当主は生まれも育ちも生粋の日本人なのだ。
18歳で渡伊して早3年。此方の大学を受けると決めた時の周囲の驚き様も、最早大昔のことのように思える。
かの国の少年法でもあるまいし、リボーンはある年齢を満たすまで綱吉に一切の身体的接触を拒否していた。そのことが、互いに相手をより特別な存在に捉えていたにも拘らず、いっそ潔いほど関係に進展がなかったことの原因といえる。

そんなわけで綱吉の高校生活は、猛勉強とリボーンとの心理戦とで埋め尽くされた壮絶な3年間となったのである。



「愛人と女友達は違う」

「わかってるよ」


今思えば、こんな派手な容姿をして把握出来ない程たくさん愛人を抱えるリボーンが、生徒である綱吉には何とも堅実な態度をとっていたものだ。もっとも、それも日本を出るまでの間に限った話だが。


「だからいつまで経ってもそんな様子なんだ」


リボーンのセックスは何と言うか…そう、陰湿だ。
何処でどうやって身に付けた手練手管だか想像もつかない所だが、そういう職業でも十分食って行けるのではないかと思うほど腕が良い。リボーン以外を知らない綱吉にもそれくらいは判る。
いつも上から見下ろされて心身共に征服させられる感覚には、何度抱かれても未だに背筋が凍る思いがするのだ。


「お前の物差しで測れば皆下手くそだ!」


経験値も立場も上ならテクニックだって向こうが上なのは当然である。
しかし綱吉とて相手に悦くなって貰いたい気持ちは十分にある。だから手探りであっても出来得る限りリボーンの身体に触れようと、まずそこから努力を始めたのだ。

それは…まあ、嫌だとか触るなとか行為を拒否することだってあるけれど(本気で嫌なことも多いが)黙って受け入れるのがどうにも恥ずかしいのだから仕方がない。
でも、リボーンには絶対に言えないけれど、正直な気持ちリボーンとの行為は嫌いじゃない。もっと言うと…好きだ、変なプレイでないならむしろ大好きだ、多分。

それなのにリボーンときたら…


「名は体を表す…か。俺にとっちゃされるがままで可愛いが、ボスがそんなんじゃ将来が不安だな」

「まだボスじゃない」

「屁理屈言うな。二十歳過ぎていまだに童貞なんてこの国じゃ人間国宝だぞ」


そんな酷いことを言い出した。
綱吉がリボーンを想っている限り童貞を捨てる機会など永遠に訪れないし、そもそも独占欲が人一倍強いリボーンが口にすべきではない台詞でもある。
それに、綱吉とて好きでマグロ状態に陥るわけではないのだ。ただ途中から何が何だか分からなくなってしまうだけで。それもこれもリボーンが思う通りに情事が進んでいるせいなのに、こいつときたら。


「ひどい…」

「よしお前、ちょっと行って愛人つくってこい」


リボーンは思いついたように言った。子供にお使いを頼むくらいのノリでだ。
自分にできることは他人にも出来ると思っているのだろうが、そんなこと普通の人間には簡単に出来っこない。
ましてや先に述べたように、綱吉は生粋の日本人なのだ。そう簡単に裏社会に入ってはいけないし『愛人の数はステータスだぞ☆』などと口が裂けても言えない。

(…なんだよ馬鹿。そんな軽く言って)

けれども、遅かれ早かれ冗談ではなくそんな日が訪れるということは暗黙のうちに理解しているつもりだ。
受け身で任せきりでも愛して貰えるセックスだけでは、この世界は生きていけないということを。女性と上手く付き合うこと、キスもそう、ダンスもそう、そして勿論セックスも、何気ない会話の一つでだって他人に力量を図られることになるだろう。そしてその評価がそのままファミリーに対しての評価になることを。
部下が優秀ならば殊更ボスは上をゆくもの。
『お前が何かヘマをすればボンゴレの名も歴史も部下のメンツも全てが死ぬものと思え』
リボーンは繰り返し綱吉にそう教えてきた。



「そんな急に…、まだ心の準備が、」


綱吉は一人の人間であり、リボーンの最愛である以上にボンゴレの次期ボスである。
いずれは複数人の愛人を作るだろうし、その中の誰かを抱くこともあるのだろう。納得しているわけではないが、それがファミリーの為であり、遵って巡り巡ってリボーンの力にもなるのだと考えるように努めている。


「ツナ」


言い淀む綱吉をリボーンは真剣な声で呼ぶと、ベッドヘッドに背中を預けて腕を組んだ。
綱吉は若干緊張を強いられながらもベッドの上で正座をする。因みにリボーンに顎で指示された通り、パンツは穿いているから安心して貰って結構だ。


「…はい、先生」


いつか訪れる遠い将来を思えば、不安じゃないと言えば嘘になるだろう。全てを拒否してあのまま日本に留まれば、経験しなくて済んだ辛い事はたくさんあったに違いない。
人を殺めたり無感情に他人を抱いたり、何万もの人間の上に立ったりもしなくて済んだだろう。



「来週の金曜を調整させた」



それでも、この人の傍にいられるならばと、あの時は思っていた。そして今も、やはりそれが間違いではなかったのだと自信を持って言える。
綱吉が問答無用で人を従わせるボスになることこそが、リボーンに出来る唯一の謝礼であり、目に見える最上級の敬意の証になるのだから。





そんな経緯で、綱吉は21歳にして人生初めての遊里へと足を踏み入れることになるのだった。












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