REBORN!
□By my side.
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お前を失ったあの日、俺の心臓は止まってしまった。
お前の隣であれ程鼓動していた、この心臓が。
今なら強がらずに、格好付けずに愛を乞うこともできるだろうか。
ようやく分かったんだ、やっと今。だからどうかもう一度笑って、もう一度お前を愛することを許されるのならば、
俺はもう、二度とその手を離さないと誓う。
シチリアから地中海を臨む小高い丘で一人、男はここではないどこか遠くを見つめていた。どこまでも果てしない空と、穏やかに澄み渡った海と、いつかの自分の姿を。
そして、男が愛した存在を。
ボンゴレを離れてからのこの一年間リボーンはがむしゃらに任務をこなし、数えきれない程の人間を殺してきた。
仕事に打ち込むことで避けてきたとも言える。気を抜くといつも脳裏をちらつくあの影の正体から。
だから仕事も選ばずにとにかく殺して殺して殺しまくった。そうして引き金を引いては、少しづつ壊れていったのかもしれない。
ある日ふと目に入った自分。ショーウィンドウに映るその姿を見て驚き、笑うことしかできなかった。そこには確かに世界最強のヒットマンが、血に餓えた野獣のような憔悴仕切った目でこちらを見ていた。
それがなぜか痛々しく見えて滑稽で仕方なかったのだ。
休みなく活動してきた反動なのか、最近妙に身体が重くなった。夜アジトに戻ると着替えもせずにベッドに沈むこともある。空虚な生活に唯一逃げ場を得られるアルコールでさえも、もう随分の間ご無沙汰だ。
そんな生活を続けて一年、一向に記憶から薄れない影が己の腑甲斐なさを責め続けている。ましてや呆れることに、ここのところ彼奴を思い出す時間が増えていることに気付いてしまった。今さらどうしろと言うのだ、こんな気持ちを抱いてどうなるのだ、と。
俺たちの関係が終わりを告げたのは必然的だったのかもしれない。
愛が消えたわけではないけれど、共に歩む時の中でそれは確実に形を変えてしまった。何てことはない、単純に長く一緒に居すぎて、もう恋とは呼べなくなってしまったのだ。
10年だ。綱吉は中学生で、俺はまだ赤ん坊だった頃から傍にいて、もう10年が経っていた。
欲しかった存在が手に入った時はそれ以上望むものなんてないくらいに満たされた。その後も身が焦げるような想いを持て余し、愛しくて大切で仕方なかった。
高校に入ってどんどん綺麗になっていく彼奴を見て不安になったり、大学で交友関係が増えて嫉妬したり。イタリアに渡って人望を得るにつれ、嬉しく思いながらも心の底では寂しく思ったりもしていた。
付き合ってきた長い時間を経てだんだんとキスの回数が減り、その価値も変化していった。会話が少なくなって、任務の度に会えない日々に慣れていった。そして最後には、暫く会えずとも何も感じなくなってしまっていた。
自分たちだけではなく、恋も大人になってしまったのだ。
世の中ではそれを“冷めた”と言うのだろうか。自分では分からないけれど。
現にこうして一年も顔を合わせなくてもどうにかなっていて、彼奴はどうしているだろうと思っていても胸が詰まってしまうくらいに会いたいと焦がれることはなかった。
ただ、あれ程繰り返してきた『愛してる』を言わなくなった。『おはよう』も『ありがとう』も全く言わなくなった。あの頃とは違う、どこか知らない世界で生きているようだった。
彼奴がいる世界とは別の世界で。
そして、だんだんと遠ざかっていく過去の美しい時間を思って男は考えたのだ。
彼奴との思い出を心のポケットで大事に温めて生きていくか、乗り越えて置き去っていくべきか。
そしてその答えを見付けるために辿る事にしたのだ、二人が歩んだ道のりを。決して忘れるためではない、どこかに置いてきたはずの、何か大切な忘れ物を見付けるためだけに。
日本には『自分探し』なんて言葉があるけれど、言うなればこれはそう、『忘れ物探し』の旅だった。
心地良い海風を受けてリボーンは僅かに目を細める。
空の蒼も海の碧も一瞬たりとも同じ色はなく、呼吸する間にも刻一刻とその姿を変えている。
この世に不変が存在するならばいったいどんなものなのか。老いることも廃れることもない存在とは何なのか。
ゆっくりと流れていく雲は心の平穏を写しているようだ。風を受けて波を滑るヨットも、この場所からでは穏やかにゆらゆら揺れているようにしか見えない。
ワインセラーに残っていた年代もののそれを片手に、その光景を見つめている。青と白が複雑に入り交じって織り成す色合い。旅の終わりに相応しい場所だ。
静かで優しい時間が流れ、その青と白の世界が旅の答えを教えてくれた。
その男リボーンはおもむろに立ち上がり、短い芝が繁る丘を一気に駈け下りた。蒼く輝いていた空はだんだんと色を変え、薄紫やピンク、橙色や灰色が同時に一つの空を彩っている。
磨かれた革靴は砂浜に捕われて片方が脱げた。皺一つ無いスーツをそのままに、リボーンは戸惑うことなく碧に飛び込む。スラックスの裾を波が絡めても、腰まで漬かって走れなくなっても。
リボーンは歩みを止めなかった。
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