REBORN!

□酒と微熱と嘘と愛
1ページ/3ページ



それはある寒い夜のこと。


普段より少し早めに仕事を切り上げた綱吉は、料理長特製ディッシュを片手に、先日フランス出張を終えた部下の土産を楽しんでいた。
屋敷内の空調は万端。とはいえ、どうやら今夜はこの冬最大の寒波が押し寄せているらしく、どこからか入り込む寒気は底冷えがする。

疲れもあり本来ならば一風呂浴びてからお楽しみの時間といきたいところだ。
しかし何分この寒さである。
アルコールで体が温まる前に湯冷めして風邪を引くのが目に見えていた。



「…さぶっ」


ジャケットを脱ぐのは寒いからと、フロントのボタンを外したままネクタイも緩めた。こんな姿、あのおっかない元家庭教師に見つかったらどんな嫌味を言われるか分からない。
きっと大目玉に違いないと、知らず苦笑が洩れる。

ふらりと出て行ったきり連絡も寄越さない。まるで懐かない黒猫の様な美しい人。



「…寒い」


それを思えば、先ほどまでとは違う寒さを感じた。
何故だろう。飲んでも飲んでも、全然酔えない。


「嘘つき」


今日は早く帰って来るって言ってたじゃんか。
寒くなるから遅くなるなよって言ったら、ああ…って返事していたのに。だから単純なオレはなんとなくペンを持つ手も捗ったりしてさ。
…馬鹿みたい。

二人分用意してしまったグラスが孤独を呼び、余計に虚しくさせる。
綱吉は手元のそれを一気に空にすると、一向に減らないままのもう一杯も勢いよく飲み干した。










そんなこともつゆ知らず、リボーンが屋敷に戻ったのは日付が変わって暫く経ってからだった。
今夜の尋常じゃないまでの寒さに、さすがの彼もクローゼットから引っ張り出した厚手のコートに首を竦めて歩く。


「ツナ?」


深夜ということもあり、遠慮がちにノックをして部屋を覗いた。
すると直ぐに目的の人物が目に飛び込んでくる。

ソファで小さく蹲っていた背中を摩ってみると、うううと何やら呻きながらとろけた琥珀がこちらを見上げる。
トロンとして焦点がいまいち定まっていない様子から、相当に酔っていると直ぐに分かった。


「あ。ひおーん…」


誰のことだか知らないが意識はあるらしい。一々突っ込むのも面倒臭く、さらりと流してやった。
酔っぱらいの相手をする気など毛頭ないからだ。

こうなったらさっさと寝かしつけてしまおうと、力の抜け切った腕を持ち上げる。


「おい」


すると意外にも思惑通りに立ち上ってくれた。まあそこまでは良かったのだが、そのまま体重を預ける形で抱きつかれてしまう。

甘えるように胸に額を擦りつけられれば勿論悪い気はしない。しないのだが、いかんせん重いし、何より酒臭い。

勘弁してほしいというのが正直なところである。



「ん…、」

「おい、だらしねえことしてねえでさっさと風呂入って寝ちまえよ」


一人で立っていられないほどフラついているくせに、こんなにぎゅうぎゅう抱きついてくる力がどこにあるのか。

苦笑半分に溜息を吐き、何とか引き剥がして歩くように促した。
すると余計に腕の力を込められ、ぐえ、と我ながら情けない悲鳴を出させられてしまう始末。

まるで駄々を捏ねる子どもそのものではないか。



「てめ、いい加減に…」

「したい」

「…は?」


胸に埋もれたまま呟かれたくぐもった声は静かに、それでいて甘美で。


「えっち、シたい」

「酔っぱらいが何をいっちょまえに…」

「ねぇえ、」


ダメ?とそこだけ顔を上げて見せる。必殺上目遣いは泥酔していても健在のようだ。
いやしかし、こちとらシラフなわけで。つまりそんな状態で酔っぱらいの相手など慎んで御免被りたいわけで。
つまり本心はそこだった。


「馬鹿言うな。オラ、風呂連れてってやるからしっかり立てよ」

「ヤ」

「我儘言ってんじゃねえぞ」

「イヤぁっ」

「嫌じゃねえ!シバくぞてめえ」

「いいよ?…シて?しごいて?」


コノヤロウ。
妙な誘い方をされて伸びそうになった腕を無理矢理引っ込めた。

その気はなくとも、ぎゅうぎゅうと密着させられた体がいやに熱っぽく感じてしまう。
そうすればいい加減妙な気分にもなるのだが、どうせ酔っぱらいの悪ノリだと決めつけて力ずくでバスルームまで連れ込んだ。

途中で寝られたら本気で面倒だと少々荒っぽく扱うのだが、グデングデンになっているツナはされるがままだ。


「りぼ…も、いっしょ?」

「ああ。だからさっさと脱げ」

「へへへ…」


何がそんなに楽しいのか、締まりのない表情で笑う顔に力いっぱい溜め息が出る。
もはや自分で脱衣する気もないのか、挙句の果てにニコニコ顔で脱がせてのポーズときた。
こっちもそろそろ諦めもあって、明日起きたら覚悟しろ…と半目になりながらもぞんざいに服を剥ぎ取ってやる。




それから、いつもより低めに設定したシャワーで身体を手際よく洗ってやった。
乾かさなくてはならないことを考えると、洗髪は起床してからの方が無難だろう。

こうしてペタリと座り込んで大人しくしていると本当に餓鬼みたいで。そんな姿に呆れながらも可愛く思ってしまう。
俺はもう末期だ。


「……うそつき」

「ああ?」

「いっしょって言ったもん」


さっきから黙っていたのはそのせいか。また溜め息が出る。
どうやら俺も一緒に入るものだと思っていたようで、それなのに俺は着衣のままで、一方的に洗われているのが気に入らないらしい。

普段なら一緒に風呂など頼んだって拒否するだろうに。こんな時ばかり甘えてきて、まったく性質が悪いにも程がある。


「あーはいはい。悪かったから大人しく…」

「…りぃぼ、」

「、馬鹿っ!」


やられた…、と思ってみても勿論手遅れ。
全身に泡が付いたままの身体でギュッと抱き付かれて、その拍子に手放してしまったシャワーのヘッドが脇腹を直撃した。

かろうじてジャケットは脱いでいたが、スラックスは完璧に濡れた。シャツに至ってはむしろ脱いだほうがマシなくらいだ。

もう本当一発殴ってやりたいところだが、酔っぱらいのすることだと何とか震える拳を解いて耐える。
相手が相手だ。
この借りは後日しっかり返してもらうとして、今はそうするしかなかった。


「透けてる。…えろい」


しかしそんな葛藤も知らず、胸に抱きついたままの綱が呟いた。
濡れた服の上から胸を舐められ、生暖かい舌の感触が妙にリアルに伝わってくる。
それを放置し、半分襲われている状態のまま何とか身体を洗い流そうとするが、それが適うころには自らも水浸しで。

濡れた服に体温を奪われて、一つ盛大なくしゃみが出た。



「さむいの?ね、いちばん温まる方法…知ってる?」

「あ?」


濡れた服ごと温めるように、素肌で抱き締められたまま。
湯で熱を得た身体の温もりは穏やかで。たまにはこんな風にされるのも悪くない、そう思った。


「知ってるも何も、俺が教えてやったんじゃねえか」

「そうだっけ?」


くすくすと笑う傍ら、何かを訴えるようにさらに全身を密着させられる。
濡れてシャツが張り付いた腰に細い腕を絡めて。膝までスラックスを捲り上げた素足に熱い証を、強く示される。

そんな捨て身で淫らな誘い方などどこで覚えてきたのか。まったく厄介なことだ。



「忘れたなんて言わせねえぞ」

「だってオレ、ダメツナだもん。だから…」







──最初から全部、オシエテ?












.

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ