REBORN!

□吸引性皮下出血
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綱吉が危惧した通り、あんなにあったキスマークは、数日後にはその半数が姿を消していた。もっとも、それでも残された数は相変わらず尋常ではなかったが…。


リボーンが仕事でボンゴレを離れる間は、不必要にカレンダーを見ないようにする。それが、いつの頃からか身についた綱吉のジンクスだった。彼なしに刻まれる時になど、綱吉にはさして興味もないのだ。

こんな残痕などでは、彼がいない寂寥感は微塵も拭えやしない。心の頼りにもならない、そう思っていた。それなのになぜか今は、消えゆくそれが酷く恨めしかった。
ここにはいないあの男を嫌でも思わせて、必死に耐えていた感情を揺さ振られる。

それを分かった上でこんな痕跡を残したのだとしたら、その緻密な策略には脱帽せざるを得ない。
真相は不明だが、リボーンの思慮の深さと狡猾なまでの策士振りは、身に染みて分かっているのだ。


リボーンが経った日よりもずいぶんと赤みが引き、濃い肌色に変わったそれを、綱吉はじっと見つめる。こうして一日の短くない時間を、脱衣スペースの大きな鏡を凝視して過ごしている。

自室の手鏡を持ち出して、合わせ鏡にしてみる。すると、背中のものも同じく色みを失い、消えつつあった。


脱衣場に置き去りにした携帯電話をおもむろに取出し、カメラを起動する。特有の派手な効果音を上げて、刹那の場面が切り取られた。
画面いっぱいに表示される肌色と、僅かに映る残痕。さすが日本製の携帯電話は、画像が綺麗で忠実だと、綱吉は小さな満足感を得た。

自分の裸体を撮る背徳感など、リボーンがいない寂寥感の前では有って無いようなものだ。そんなことよりも、この跡が消え失せてしまうことの方が重大な問題だった。

写真に残したからといって何ということもない。ただの気休めか、あるいは悪あがきか。
そんなことは綱吉自身、十分にわかってはいる。この行為には深い意味などない。
しかし、そうでもしなければ、この残痕と共に何か取り返しの付かないものまで失ってしまいそうな、そんな気がしたのだ。











2日後、跡はずいぶん薄れ、もう数える程度にまで減っていた。
もはやキスマークと呼べる程の存在感さえ、失われている。

今にも消えてなくなりそうなのに、これを残した当の本人は未だ帰らない。それどころか、任務の初日以来連絡もつかない始末だ。

消えるまでに帰る。その言葉を違えるつもりなのか。

怪我はないだろうか、食事はできているか。

消えかけのそれがリボーン自身と重なって、言い知れぬ不安を呼んだ。





───消してはだめだ、





不安や心配は、時に正常な判断能力をも奪い去る。

綱吉は自身の裸体を見下ろして、自らが届く範囲、肩や腕の内側のそれに口付ける。恐る恐る力を込めて吸い付くと、ピリッと覚えのある感覚が走った。
衝動に身を任せて幾度か唇を寄せ、朽ちかけた花に再び命の色を取り戻していったのだった。


薄れる度に唇を這わせ、力尽きようとする花を咲かす。

唇の端を噛んでは、滲み出た鉄の赤をそこに重ねる。

鮮やかな朱肉を指先に取っては、肌の上で軽く拭う。


シャワーの水が洗い流す度に、そうして偽物の赤をそこに重ね続けた。消してはいけない、消してはいけないと、呪文のように繰り返しながら。











リボーンが負傷した。

そう報告を受けたのは、彼が経って何周目のことだったか。

デスクに積まれた書類に大方の整理を付け、大きく伸びをした時だった。
不気味な程に焼けた夕日が室内を同色に染め上げ、焦ったような部下の顔も、火に巻かれたように鮮やかで。

何を考えるより先に、綺麗だ、そう思った。



パートナーとして赴いた彼の部下によると、任務を終えて帰還する際、何らかの諍いに巻き込まれていた女性を庇って被弾したとのことだ。
らしくない。そう思ってしまうのは、いけないことだろうか。


意識を失い、切れ長の瞳が閉ざされたその顔は酷く幼く、自分の知るそれとはかけ離れてあどけない。そこにいた彼は、思っていたよりも幼い、少年だった。

帰りを待っていた。一刻も早くこの顔が見たかった。しかし、こんな形の再会など決して望んでいなかったはずだ。


綱吉は、眠ったままのリボーンを見つめ続けていた。
彼の胸元を覆う包帯に滲む、自分の胸の跡より遥かに鮮やかな、その色を。







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